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家に着いたときにはくたくただった。ただ電車に乗っていただけとはいえ長時間の移動だったのだ。夕飯を軽くすませて風呂に入ったあと、少し早い時間だったが里奈は布団に入った。眠るまでの間考えたのは亜紀のことだった。亜紀はおそらく力に目覚めてはいなかっただろう。せめてこの感覚、黒いものがわかっていれば違ったかも知れない、と思うと悔やみきれない。
幼い頃はおそらく力があったのだろう。成長するにつれて他の人には見えない事を知り、無意識のうちに自分も見えない事にしてしまっていたのだ。よく似ていたという亜紀と里奈。それはおそらく力があることによる雰囲気や、彼女達自身をとりまく空気が同じだったせいだ。
(もしかしてあの夢)
火傷をした日の朝見た夢。自分が何かに殺される夢。あれはもしかしたら亜紀の実際みた光景だったのではないだろうか? あの時は事件や伯母が気になっていて、亜紀のことばかり考えていた気がする。精神的なところでリンクしていたのかもしれない。そう思うとますます悔しかった。
(死んだ後に見ても何にもならない)
今まさに殺されるところで見てもどうしようもできなかっただろうが、すべて事が起こった後というのが苛立たせた。それでは遅いのだ。もし自分にも同じ運命が待っているなら、前もって何かしないと間に合わない。もしも事前にわかれば、亜紀だって死なずにすんだかもしれない。早急に、この能力を自分のものにしなければならなかった。しかしどうすればいいのかわからない。誰も教えてはくれないし、自分では方法を見出す事ができない。
焦りばかり募る中、いつの間にか強く握り締めていたお守りにふと目がいった。しばらくじっと見つめ、ため息をつく。
(何かこれ、ホントに落ち着くわ)
手に持っているだけで感じる安心感。焦っても方法が見つからないならどうしようもない。無理矢理自分に言い聞かせ、心を落ち着かせた。ふと、机の上に乗せておいた残り二つのお守りに目がいった。雪にもあげようと買ったお守り。
(雪にも相談してみよう。こんな事いわれても困るだろうけど、何も言わないよりはいいかも)
冷静で、とても頼りになる友人。時間あいたら、フォースに一緒に行こう。もうセールは終わってるかもしれないけど。
ねっとりと体にまとわりつく湿った空気。生暖かさが気持ち悪い。辺りは暗く、目を凝らしても何も見えなかった。この場にいる事自体がたまらなく嫌な感じで、早く抜け出したい。
この感覚は、そう、勇哉が自分に送っていたあの感情、「殺意」に似ている。そんな中、きらりと光る4本の棒。それが、大きく振りかぶり、ゆっくりと自分に振り下ろされた。
「ぁぁあああああ!!」
自分の叫び声で目が覚めた。辺りを見回し、自分の部屋だと確認する。時計を見ると1時をまわったところで真夜中だ。体中汗でべっとりとしていて気持ち悪い。そして夢から覚めたというのにいまだ不快感がまとわりついていた。
ふう、と一息ついてようやく落ち着く。ふと叫び声で母が起きなかったかと思ったが、そういえば伯母の家に行っていることを思い出した。手にしていたはずのお守りは寝ているうちに手放していたらしい。ベッドの下に落ちているのを拾い上げてぎゅっと握り締めた。
あれは間違いなく殺される夢だ。4本の光る棒のようなもの。あれは爪?そう考えた時、ふと疑問が浮かぶ。あれは誰の光景だろうか?誰かがまた殺されたのではないだろうか。しかしその人物が思い浮かばない。年の近い親戚などもういないはずなのだが。
そこでふと、机の上に置いてあるお守りが目に入った。学校で雪に渡そうと買ったお守り。
そういえば、寝る前に雪のことを考えながら寝た。
そこまで考えて、里奈は全身に鳥肌がたった。まさか、という思いがよぎる。
そんなわけない。絶対違う!
携帯で雪に連絡をいれる。夜中だろうが関係なかった。ただ声が聞ければ……。
違う、と思うのに、一方で亜紀の時もそうだったじゃないか、と思う。亜紀のことを考えながら寝たとき、彼女の最後の光景を夢に見た。でも今回は雪は親戚でも何でもない。
正反対の思いがぶつかり合う中、携帯は誰も出ない。
寝ているんだ、そうに違いない。そう思いながらも、なお呼び出しを続けていた時だった。ふいに、呼び出しが止まる。相手が何か言う前に、里奈は叫んだ。
「雪!?」
「……」
相手は何も言ってこない。それがますます里奈の不安をつのらせる。
「雪! 私、里奈だけど!」
『……里奈、ちゃん……?』
「おばさん?」
聞こえてきたのは雪の母の声だ。心なしか声がかすれているのだが里奈は気づかなかった。
「あの、雪は!? 夜中にごめんなさい。だけど雪に用があって、連絡つかなかったから!」
自分でも何をいっているのかわかっていない。内容らしい内容もないのだが、そんなことは今はどうでもよかった。
「里奈ちゃん。里奈ちゃん、あのね……雪……雪が……ああああああ、あ……」
そのとき、里奈の心に大きくひびが入った気がした。
電話から告げられたのは間違いなく、絶望だった。
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