マホロバシ

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 みんなに話がある、と担任が鎮痛な面持ちで話し始めたホームルーム。その内容にクラス全員がどよめきたった。暗く、うつむいている里奈を除いて。  ホームルームが終わると友人達が里奈のそばに駆け寄ってきた。最初は戸惑っていたが、里奈はもう知っている事を知り驚く。 「里奈は、何で雪のこと……?」 聞きづらいとはわかっていてもきかずにはいられない。そんな友人の心境がよくわかった。 「夕べ、雪に電話したら、おばさんが出て、その時……。教えなくてごめん。でも私も、よくわかんなくって……」  途切れ途切れに話す里奈に、友人達は泣きそうになりながら「わかったから、もういいよ」と優しく声をかけた。友人達の中でも里奈と雪が一番の仲良しで親友だったことを知っているからだ。  電話をした後雪の運ばれた病院にかけつけたが対面はできなかった。酷い状態だから見ない方がいいととめられたのだ。結局何もできないまま帰宅し、一睡もできなかった。  雪は自宅近くの道路で殺されていた。通り魔ということで捜査しているそうだが、そんな事しても無駄だと里奈は確信していた。 (絶対、アキちゃんのと同じヤツだ)  雪を切り裂いたと思われるあの爪。あれは人間のものではない。勇哉の「人間の仕業ではない」という言葉が頭をよぎる。  と、そこで勇哉の存在を思い出した。そういえば勇哉も人間ではないし、今回の事を一番知っているのは彼だ。絶対勇哉が犯人ではない、という保障はない。 あいつ、何か知ってるんじゃないか? ふとそんな考えが浮かんだ。そうなると苛立ちがつのる。早く授業が終われと、そればかり考えていた。  昼休みになると同時に里奈は席を立った。昼食を広げる友人達を残し、ある場所に向う。力が目覚めると嫌でも気がつく。この学校内で明らかに異質な存在があった。普通の人間とは違う、禍々しいという表現がピッタリなモノ。これがバケモノか、とどこか冷静に受け止める自分がいた。  里奈が向ったのは校庭の隅にある沈丁花の花壇だった。そこに佇む一人の男。男なのに花の前にいるからではなく、存在そのものに違和感がある者。彼はゆっくりとこちらに振り返った。初めて会話した時のように、小馬鹿にしたような笑みはない。 「雪が死んだ」 「知ってる」  まさか即答されるとは思っていなかったが、この男ならもう知っていてもおかしくないと思う。  だからなんだ、とは言ってこなかった。里奈が何故会いに来たのか、わかっているのだ。 「あんた雪に何もしてない?」 「それを答えたらどうなる。殺したって言えばカタキとるのか。してないって言えば信じるのか」 「どうなのかって聞いてんだけど」  勇哉の意見には耳をかたむけず、一方的に言葉を投げかける。勇哉の答えに対して自分はどうするのか、どうしたいのか実際のところ里奈にもわからない。ただ目の前にいるモノをじっと見据えた。 すると勇哉は降参、とでも言うように軽く肩をすくめる。 「じゃあ一応言わせてもらおうか」 「……」 何ていうだろうか。今更になって緊張してきた。頭に血が上って衝動でここまで来てしまったが、もし勇哉が雪を殺していたら? 「俺は何もしてねーよ」  そういった勇哉の顔は真剣だ。いや、無表情と言った方がいい。初めてあったときから常に余裕で、相手を小馬鹿にしたような態度ばかりとっていたから少々戸惑う。真剣な顔をして嘘をついているかもしれないし、敵なら平気で騙すかもしれない。少し考えたが、結論は出ない。 「どっちに答えても確かに疑わしいかな」 「だから言ったじゃねーか。信じるのかって」 呆れたように睨み付けられた。殺気のこもったあの視線でもなく、馬鹿かこいつは、という態度。それはそれで腹は立つが、前ほど悪い気はしない。 「一応言っておきたいんだけど」 「あ?」 「私これから今回のこと調べてみる。血筋のことはわかったから私も無関係じゃないし、このままになんてできない。あんたが本当に犯人がないっていう証拠もないんだし」 その言葉に特に気を悪くした様子はない。言っていることは事実だからだ。 「だから、手伝って」 「はあ?」 里奈の言葉に、初めて勇哉が表情を変えた。意表をつけたことに内心よっしゃと思うがそれは顔には出さず。 「一人でできることにも限度ってもんがあるの。私の知らない事あんた知ってるみたいだし。それコレが解決すれば、もしあんたが犯人じゃないなら汚名返上、犯人ならどっかでボロが出るからしばけばいい話でしょ」 勇哉はぽかんと気の抜けた表情をしている。まさかそうくるとは思っていなかった。そして言っている事は、正しいのだ。 「で? 俺が正直に嘘のない情報提供して、途中寝首かかないと自信もって言えるわけだ?」 「さあね。でも少なくともこれを解決した方がいいとは思わない?少なくともこっちが何もしなければそっちも何もしないって条件出したくらいだし、そういえば自分で言ってたっけ? 今の生活気に入ってるから壊したくないって。私に疑われたまま、ちょっとした誤解でとんでもない事態になるかもしれないのにほっとくわけ?」 「……」  勇哉は少し考える。切り札となることは言い切った。これで断られてしまったら、難しいが一人で行動するしかない。そもそも勇哉を誘う気はなかったのだが、これからのことを考えてさっきのことが思い浮かんだ。力は向こうが上で、もし襲われたらどうしようもないかもしれないが、先にも言ったとおり勇哉は余計なごたごたを避けたいようだ。だったら今回の件は解決したいはずだ。  一緒にいる方が向こうも余計な疑いをかけられずやりやすいだろう。これで勇哉が面倒だと里奈を殺すことになれば、もっと話は広がるに違いない。それは避けたいはずだ。そう踏んでのさっきの言葉だったのだが。浅はかだったのは十分わかっている。 これで最後だ、と思い、 「協力するんじゃなくて、互いの力を利用する、でいいんだけど」 と、あくまで友好的にはならないようにしてみる。何せ向こうはこちらを嫌っているのだから。すると勇哉はいつもの余裕のある顔になり、 「力あわせるってことは互いの力を利用するって事だろうが」 と言った。その言葉に里奈もくすりと笑う。 「じゃ、利用させてもらいましょ」  まずは知っている事を放課後話す約束をし、チャイムが鳴ったので里奈は教室に戻った。それを見送りながら、勇哉はフェンスによりかかる。  人間ではない勇哉としては、何事であってもトラブルは避けたい。いらない事で面倒な事態になりたくはないのだ。今までもそうしてきた。  今回も土谷里奈という天敵ともいえる一族の末裔がいた事や、風祭雪という自分の事を知る人間がいた事には快く思わなかったが、下手に手出ししなければ問題ないと何もしなかった。  しかし今回雪が死んで、自分が疑われる事態。それは仕方ないと思うし、回避できないことだ。自分で調べてもいいがそれでは里奈には言葉だけで説明することになり意味がない。だったら行動をともにしたほうがいいとも思うが、何しろ相手は仲良くする相手ではないのだ。  一瞬断ろうかとも思ったが、一番手っ取り早いのは里奈と行動すること。そして里奈の性格上、むやみに自分を傷つけたりはしないだろうと思った。いざとなったら、殺す事だってできる。  しかしそうなると簡単にいくかどうか。力が目覚めた事はわかっていた。そしてそれがまだ安定せず、持て余しているということも。だからなのだろう。親友が死んで、感情にながされるままあれほどまでに力が一気に上がったのは。  勇哉はそっと左腕の袖を捲くった。肘を中心に腕全体が赤黒く焼け爛れていて、ひりひりと痛む。  さっき、里奈との会話で里奈が殺気立っていたとき。特に本人は力を使ったつもりはないのだろうが、里奈の気にあてられてこのざまだ。その場にいるだけで腕を焼かれた。  もし、自分が殺そうとして里奈の力が暴走したら腕だけではすまないだろう。それでも勇哉はどこか楽しそうだ。 「さて、どうなる事やら」 くすりと笑い、腕の怪我を治す。焼け爛れていた左腕は、何事もなかったかのように元通りとなった。
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