マホロバシ

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 突風が吹いた、と思った時には勇哉も鬼もいなかった。風が吹いたのは二人、いや二匹? が地面を蹴ってどこかに移動したらしいということがわかる。  まるで漫画の世界だ、と思った。だって、勇哉と鬼の姿がまったく見えない。後ろから、左から、あるゆる方向から何か鈍い音が聞こえてくるけど、振り返る時にはまた別の方向から音がする。そのたびに風が沸き起こり、里奈の視界を鈍らせる。  はっきりいって、里奈とは格の違う世界なんだということが嫌でもわかる光景だった。こんな相手、確かに「人間」には無理だ。  そこでふと気づく。ボケっとしている場合ではない。鬼を従わせてるあいつをどうにかしないと、と思いあたりを見回すとあの男がいない。  おそらくこの場から逃げたのだ。そういえばここはあの男が結界を張ったと言っていた。結界の外にでも出たのだろう。殺しをしていたのは鬼だが、実質の犯人はあの男だ。身勝手極まりないあの男。絶対許せない。  しかし今の自分に何ができるだろう。チカラが安定してない上に、何か武器があるわけでもない。一番重要な時なのに役立たずなどもっての他だ。何か自分にできることはないのか、と思い、気持を落ち着かせ辺りをよく見てみる。 すると、あるものに気づいた。さっきまではなかった、いや、見えていなかったはずのものが今はっきりと見える。よく見ようと近づこうとした時、強い風とともに勇哉が姿を現した。 「倒したの?」 「いんや。弱っちいのには間違いないが、どうもあの男が手助けしてるみてーだな。真っ二つにしようが首落とそうがあっさり復活しやがる」 そういう勇哉の右手は血まみれだった。おそらく鬼の血なのだろう、赤というよりも黒に近い液がべったりとついている。 「そういやただの鬼じゃなくて式神だったもんな。術者をどーにかしねーと無理か」 どこか面白そうに言う勇哉は右手を払った。どういう仕掛けなのかわからないが、それだけでついていた血がさっさりと消える。 「どうにかって……」 「どうにかっつったら『殺す』しかねーだろ。生かしておいたらまた同じことするだろうし、俺にもビミョーに喧嘩売ってきたわけだしな。それともどんな事情があってもニンゲンが死ぬのはイヤか? まあお前はニンゲンだからなあ」 いつもの小馬鹿にしたような笑い方をしてこちらを見る勇哉。 自分はどうしたいのだろうと考える。確かに人が死ぬのは嫌だ。雪の仇で許せないのはあるが、殺したいのだろうか。それほど憎いのだろうか。 警察に突き出したって何の罪にも問われない。鬼がやったなどと誰が信じるだろうか。法に任せられないなら自分の手で裁くのか? それは違う気がする。しかしこのまま野放しというのもできない。 でも。 「私自身がどうしたいのかはわからない。だから、まずは見届けたい」 「ふうん? まあいいけどな。トドメ刺そうとしたときにいきなり後ろから不意打ち、なんてやめろよ」  勇哉の言葉に静かにうなづいた。勇哉は……たぶんあの男を殺すのだろう。それを目の当たりにしたとき、自分はどうするのだろう。  目をそらしていても里奈にはもう「見える」し「聞こえる」のだ。今後生きていくうえでこういうことはまたあるかもしれない。その時どうするのかは、そのうちではなく今考えなければいけないことだ。 「さあて、それじゃあの馬鹿を引きずり出すか」 そう言って辺りを見回す勇哉。外に出たか、と呟いた時、目の前に黒い霧のようなものが集まってきた。 「粉々にしてもダメか。まったく式神ってのはめんどくせー相手だな」  そう言い終わると同時に勇哉が里奈を抱えて横に飛んだ。さっきまで里奈たちのいた場所を、大きな手がかすめる。  見ると、黒い塊がそこに「いた」。鬼なのだろうが、勇哉に切り刻まれたせいで原型をとどめていないらしい。しかし徐々に鬼の形を作っていく。黒い塊に赤い光が二つ浮いていた。それが目だと気づくのに少し時間がかかった。
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