18人が本棚に入れています
本棚に追加
その日、小さな街に衝撃が走った。大学生が惨い状態で死んでいるのが発見されたのだ。その街で前日に起きた女子高生殺害事件と、地域は違うもののとある街で起きていた兄妹連続殺人にかかわりがあるかもしれないという事で連続通り魔殺人として警察は捜査本部を置いた。
小学校、中学校は集団下校をさせ、高校も部活を中止して早めの帰宅を促している。
土屋里奈は親友の死後、人が変わった。明るく人付き合いのいい人間だったのが、表情がなくなり口数も減った。放課後もすぐ帰宅し、休みの日は常にどこかに出かけるようになり友人たちとは行動しなくなった。従兄弟と親友を亡くしたショックからだろうと周囲の人間はそっと見守ることにしている。
「じゃあ、今日もよろしくお願いします」
ひどく抑揚のない声で里奈は電話を切った。電話の相手は御守だ。あの事件以来頻繁に連絡を取り、土屋家の資料を借りたりしている。
別にマホロバシとして生きようとしているわけではないのだが、もうまわりの思いや力に振り回されていたくないので身を守る方法を探している。結果として、昔のマホロバシにどんどん近づいているようなのだが。
あの事件以来、自分は変わったという自覚はある。まるで別人だという人もいた。
そう、たぶん別人なのだ。あの矢じりに残っていた強い思いの主の影響がそのまま残ってしまった。霊力が覚醒したてで感受性が高く、影響されやすかったのが原因だろう。
その誰かとなってしまったのか、里奈のままなのかはわからない。ただ以前と物事の考え方が全く違う。たぶん、今の自分はひどく冷たい人間なのだろう。もう昔のようにはなれないし、なろうとも思わない。
御守に聞いたのだが、お守りの中に矢じりのようなものは入れていないらしい。何故入っていたのか完全に謎だが、今はそれを突き止めようとも思わない。鬼に向かって投げた矢じりは気がついたらまたお守りの中に戻っていた。たぶん、理屈で説明できない何かがあるのだろう。
勇哉はあれ以来特に接触はしていない。最初からこの事件を解決するために手を組んだので、特に用はないから連絡もしていない。彼はあの後も変わらず学校へ来ている。そして、里奈も。
結局彼が何者なのかはわからないままだ。一度死んだはずなのに生きていて、現在は人間ではない存在。最初から人間ではなかったのか、死んだとき人間でなくなったのかはわからない。体のあちこちがなくなっていて、葬式までしたのだから火葬したはずだが今彼は存在している。そのことは里奈自身どうでもいいし、知る必要もないと思っている。過程がどうあれ、結果として彼は今現在バケモノなのだ。
それに里奈はどうでもいいと思っているが、勇哉は自分を敵としてみているのだ。わざわざ仲良くする必要もない。もしかしたら、いつか自分を殺しに来るかもしれない。
普通はありえないであろう、結界の出入りをしていろいろと自分以上に詳しい。右手しか変化させていないから実力はわからないが、おそらく相当強いに違いない。マホロバシとして覚醒した自分でも勝てるかどうかわからない。
「まあ、その時はその時でいいか」
他人事のように小さく呟く。
相変わらず外は通り魔殺人についてピリピリしている。近所の人は早くつかまらないかしら、と話している。
犯人はもうこの世にいなくて、事件は迷宮入りしたのだがそれを言うつもりはない。叔母はまだ沈んでいるし、雪の親もいまだに雪を納骨していない。悲しいこと、認めたくないことから目をそらし続けている。それは別に悪い事ではないし、近親者ならば当然のことだ。以前の自分なら、同じような事をしていたかもしれない。いや、同じように悲しんだからこそ事件を調べようと思ったのだった。
自分は事件の解決を望んだ。犯人を捜したいと思った。しかし現実は、犯人を見つけてもどうにもならず事件解決もしていない。死んだ人間は生き返らない。
こんなことがしたかったのだろうか、と思うこともある。何もしないというのは無理だったのだろうが、何かをしても自分の望んだ結末にはならなかった。ただ、起こったことを見て受け入れただけだ。人が死ぬところを、ただ見ていた。何の感情も起こらないまま。
しかし、あの時勇哉が言った言葉。
『人間らしい感情がない事はおかしな事じゃねえよ。感情が生まれない事をおかしいと思ってるお前は間違いなく人間なんだ。それは何も変じゃねえだろ』
いっそ自分はバケモノのようになってしまった、と簡単に諦めてしまえたらどんなに楽だっただろう。あるいは、自分にはどうすることもできない、仕方のない事態だったと言い訳できたなら。
しかし勇哉の言った言葉が思いのほか自分に突き刺さったのだ。もちろん勇哉が自分を慰めようとか励まそうとしてあんな事をいったわけではないのはわかっている。
お前は俺とは違うだろう、人間が何を言ってるんだ、と言われたのだ。
人間とバケモノは、似ていることはあっても決定的に違う。どんなに非道になって、どんなにおかしな能力があっても里奈は人間であることに変わりはない。性格が変わっても考え方が変わっても、それでも人なのだ。従兄弟たちや親友の死は悲しいし、もう誰も失いたくないと思う。振り返ったり立ち止まっていても何も変わらない。四六時中悲しみに暮れているほど、自分はもう優しい奴ではないのだ。優しくない、「人間」なのだから。
ポケットに入ったお守りを、そっと握り締めて家を出た。
END
最初のコメントを投稿しよう!