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「どこから話すか。まあ順序立てて言えばお前、最近親戚殺されただろ」
「まあね。犯人捕まってないけど」
「当たり前だ。人間の仕業じゃないからな」
「はあ?」
思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。だが勇哉は気にした様子もなく続けた。
「バケモノがいる、まあこの際だからいると仮定して、でもいいけどな。人間の中にはな、そういったバケモノを倒す力をもつ人間がいる。お前の血筋がそうだ」
勇哉の言葉が頭の中をぐるぐるまわる。この人何言ってんの、と目で訴えてみるが軽く無視された。
「お前の親戚が殺されたのはそのせいだ」
「ちょっと待ってよ……あのさあ」
「聞き流せっつったろ。信じられねーのはしょーがねーから」
そういう言われ方をされると正直困る。必死に「信じて」と訴えてくれば怪しい電波にでもアテられたのかとも思うが、向こうはこちらが信じないのを前提に話を進めているのだ。
「当然お前にもその力がある。最近妙な感じとかしないか?感覚が敏感になってると思うぜ」
「あんたにじろじろ見られたからね。寒気がとまらなかった」
軽くイヤミを言ってみたが、勇哉は肩をすくめて気にした様子はない。
「それだって普通見られてるな、と思うだけだろ。今回俺は睨んでたから良い気持ちはしないにしても悪寒まで感じねーだろ。それはお前が俺からの殺気を感じ取ったからだよ」
確かに視線よりも悪寒で気づいた。見られているという感覚より相手からの殺気、「気」を感じていたのかもしれない。
そこでふと、気になった。学校では確かにこの男が視線を送っていたから気分が悪かったのだろうが。
では今朝のは? わざわざ人の家まできて殺気を送るとは思えないし、そもそも今朝のは悪寒の「種類」が違う。この男の視線ではないのだろうが無関係とも思えない。
「それが何? まあ百歩譲って私に変なチカラがあるとして」
そこで、ふと。母に言われた事を思い出した。幼い頃おかしなことを言っていた、と。これに関係するのか?そこまで考えて内心里奈は苦笑する。何だかんだいって、もう半分は信じている。
「……あるとして、何であんたが私を睨むの。カンケーないじゃん。まさかあんたバケモノとでも言うつもり?」
からかうようにして言ったが、勇哉は笑うこともせず「まあな」と答えた。その言葉に里奈は眉を顰める。
「そう、おれバケモノだからな。気が気じゃねーんだよ、同じ敷地内に変な力もったのがいると。だからまずはふっかけたんだ。殺気送って、何か仕掛けてくるかと思ったんだけど何もない。余裕なのか何か考えてんのか、と思って調べたら親戚はあっさり殺されてるうえに、過去あんたのまわりで妙な事件もない。こりゃ本人に自覚がねーのかなと思って」
ごく普通の様子でとんでもないことをしゃべる勇哉に、里奈はついていけない。言ってる事は矛盾なんてないのだが。
「妙な力とかはまあおいといて、あんたが人間じゃない証拠は?変身でもできるの」
完全に馬鹿にしたような口調で言ってみても。やはり勇哉は臆する事はない。自分の言ってることに自信を持ち、相手に理解を求めようともしない。本当に、ただ自分の考えを言っているだけ。
「俺が人間じゃない証拠ね。見せてもいいけどそれでお前の力が暴走されてもやっかいだからな。何回も言うけど別に信じなくてもいいぜ。ただ俺がお前を良くは思ってない事と、お前が命を狙われるかもしれないってことだけ伝わりゃいい」
「何で私が命狙われるの」
「それにはさっきの話信じねーとな。お前の親戚殺した奴がお前殺すかもって事だけど、それだと力やらバケモノやら信じなきゃだろ」
そういわれてもなあ、と里奈は内心困っていた。昔から騙されやすいわけではないのだが、どうも今回勇哉の話を信じようとしている自分に戸惑っているのだ。常軌を逸脱しているというのに、何故か勇哉の話は明らかに嘘くさいわけではない。
かといってここで「わかった」というのは躊躇われた。せっかく相手が信じないだろうと踏んで話しているのに、ここで認めたら何だかバカみたいだと思ったのだ。それにやはり100%信じるには至らない。仕方ない、と里奈は妥協する。
「半信半疑ってことにしとく。あんたが私をいい目で見てないのはほんとだろうし。私が殺されるかどうかはこれから考えるから」
「十分だ。普通は半分も認めないのに。お前やっぱ変わってるな」
それはストレートにいえば変だということだろう。反論しようとした時、辺りに軽快なメロディが鳴り響いた。里奈の携帯が鳴っているのだ。「ちょっとごめん」と断りを入れて画面を見ると雪だ。何だろうと思いつつ、電話をとる。
「もしもし?」
『里奈、今平気?話あるんだけど』
「いいけど早くね。今人と会ってるから」
『うん。あのさ、薄木勇哉っていたじゃん、昼間の。あの人のことなんだけど』
今目の前にいます、とは言えない。勇哉に自分の話題だと気づかせたくなかった。
「うん、何?」
『あの人、どっかで見たと思って今日ずっと気になってたんだけど、やっと思い出した。いい?よく聞いてよ。私小学校が彼と一緒で同じクラスになったことがあったから間違いないからね。薄木勇哉ってね・・・』
「え?」
一瞬、何を聞いたのか里奈もわからなかったが、その言葉はすんなりと頭に入ってきた。
今、何と言ったのか? そう思ったがどうやら口に出ていたらしく、雪は同じことを里奈に告げる。
『だから、薄木勇哉は死んでるの。小4の時、通り魔にあって。葬式出たんだから、私』
雪は真面目な性格で、タチの悪い冗談は言わない。それは里奈が一番よく知っているので雪の言葉を疑うことはできない。それならどういうことなのか?
「え、だって、それじゃあ」
『私もどういうことなのかわからないけど、明日話すから。じゃあ』
そういって雪は電話を切った。切れた電話をまだ耳にあてたまま、勇哉を見る。すると勇哉は口元を吊り上げ、嗤った。それが里奈の背筋を凍らせる。
「親切な助言だな。これで一応俺が普通じゃねーって要素が増えたじゃん、よかったな」
勇哉の言葉に目を見開く。今の会話が聞こえたというのだろうか? 里奈と勇哉の距離はそれほど離れてないし、たしかに辺りは静まり返っているが。それでも電話の声が聞こえるとは思えない。
「聞こえたの、今の」
「地獄耳だからな俺は」
ふん、と鼻で笑われたが、今はカチンとくることなくむしろ不安になる。今目の前にいる薄木勇哉という存在がわからなくなったからだ。
「風祭雪か。俺もどっかで見たと思ってたけどそーいや同じクラスだったな。ここからは遠い学校だったから同級生なんかいねーと思って油断してた」
勇哉はすっと目を細める。それに何だか嫌な予感がして里奈は眉間に皺を寄せた。
「雪になんかしたら許さないから」
「しねーよ。何かって何だよ。まあそれも向こうが俺に何もしなけりゃな。俺だって今の生活が気に入ってんだし。妙な事ふかして波立てなんかしやがったらどうなるかわかんねーけど」
「何もしなければいいんだ?」
「ああ。ま、風祭は昔から頭のいい奴だったからそう伝えりゃ何もしねーと思うぜ」
ふっと笑って勇哉はその場を後にした。里奈は声をかけることもせず、勇哉を見送る。今引き止めても何も言う事なんてないし、頭の中がぐちゃぐちゃで整理したかった。
薄木勇哉は死んでいて、でも同じ学校にいて。この世にはバケモノがいて、彼は自分をバケモノだといい、里奈が嫌い。
「そういえば私におかしな力があるとか言ってたっけ」
ぼんやりとつぶやいた。自分自身のことなのだから、これこそ重要なことなのだが目に見えるものではないので確認のしようがない。
(もし私にそんな力があるとして、アキちゃんも殺された理由がほんとにソレだとしたら。私はどうすればいい?)
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