マホロバシ

9/20
前へ
/20ページ
次へ
 電車に揺られながら二時間。そこからバスで30分。はっきり言って公共の移動手段はとことん時間がかかるという事を再認識した。絶対18で免許とってやる、と何やら関係ない闘志がわいてくる。  ついてみるとけっこう大きい神社だった。修学旅行で行った京都にあった神社もこれくらいだったか、と比べたくなるくらい立派なものだった。それと同時にかなり古いのだが。 (まあ結婚式やっちゃうくらいだからなあ)  何代続いているのかは知らないが、けっこう古くから土谷家はここで結婚式をあげてきたらしい。それも今日聞きたいことの一つだ。ここに来る前、前日のうちに神主には連絡をいれておいた。行って不在では意味がない。  神社内で巫女さんに神主と会う約束をしていることを告げると中に通してくれた。土谷の名はどうやらみんな知っているらしい。  案内された部屋で出されたお茶を飲んでいると神主がやってきた。老人を想像していたが驚くほど若い。落ち着いた雰囲気はあるがおそらく三十代前半くらいだろう。 「はじめまして。この神社の神主の御守靖次です」 「土谷里奈です。お忙しい中すみません」  頭を下げると相手は笑顔で気にしないでください、と言った。その柔らかな雰囲気に里奈も緊張が解ける。  里奈は単刀直入に自分の家系について聞いた。魔を祓う道具についてと、それを行う意味。神主は資料を持ってきて、丁寧に説明してくれた。 「記録によると土谷家は魔を打ち祓う力を持つ一族ということです。鬼など、人にあらざるもの達と戦い、人々を守っていたとか。扇子で魔を祓い、弓矢でそれを討つ。扇子で魔を祓うのが女性、弓矢で討つのが男性とされています」 「何故ここに道具が納められているのですか?」 「ここの記録にもありますが、土谷家はその力を生業にしていました。しかし突然魔を祓うのをやめ、平民として生きていく道を選んだようです。その理由はかかれていないので残念ですがわかりません。その時道具をここに納めたようですが。特にこの神社である必要はなかったのだと思いますが何か縁があったのでしょう」  他にも細かい事を説明してもらった。それをまとめてみると、土谷家は霊力を持った血筋なのだ。ただし朝廷や幕府お抱え、といった特別な地位ではなかったらしい。魔を祓い、その地を守っていたのだが突然そっれをやめてしまった。  記録には「土谷の扇、弓を神具とす」とかかれていていたのでその日に道具が納められたのだろう。何故道具を納め戦いから身を引いたのか。くわしい事情はわからないが、今は特に必要ない情報なので詳しく追うことはしなかった。  とにかく戦いから身を引き、普通の生活をしていくうちにいつの間にか土谷家はその力の存在自体を忘れてしまっていったのだろう。 (っていっても、本当にそんな力があるのかはわかんないんだけどね)  鬼や目に見えない敵というのは人々の不安な心が生む妄想に過ぎない。それをいかにカリスマ性をもって鎮めるかが重要なのだ。しかし土屋が長い間魔を討ち払い戦っていたのは事実。今回の目的である自分の家系が何なのかは知ることができた。 「ところでここに載ってる『神具を納めた』って、結婚式に使うアレのこと、じゃないですよね」 「ああ、あれは結婚式用に後から作られた飾りのようなものです。納められた物は今境内にありますよ」  その言葉に里奈は驚く。結婚式で使っているのが納められたものとは思ってなかったが、まさか本物が残っているとは思わなかった。記録をみても軽く五百年はたっている。 「え、あるんですか?あの、見せては……」 「もちろんかまいません。貴方の家の物なのですからね」  神主に案内され、境内の奥に進む。古い建物とはうってかわって中は厳重で、納められている部屋は鍵が二つついていた。鍵があけられ、中に入る。棚に祭られている箱を床に置き、蓋があけられた。  そこにあったのはシンプルな扇と弓だった。無駄な飾りなどなく、本当に使っていた物に思えた。驚いたのは扇はあの飾りの扇と大差ない大きさをしていたことだ。飾りだから大きいのかと思っていたが違った。そしてやはり弓には矢がない。 「これどうして矢がないんですか?」 「矢は納められた記録がありません。もともと矢というのは使い捨てですからね。魔を祓う矢なら破魔の矢となりますから、そのまま使ったところに納められてる場合が多いんですよ」  確かに魔を祓う矢は何か力がありそうだ。そこに納めれば人々も安心するだろう。それに飛んでいった矢をいちいち回収していたとも思えない。  里奈はじっと扇を見た。そして自然と手が伸びる。古いものだから壊れやすいかもしれないとは思ったが、そっと触れた。神主も触れるのをとがめたりはしない。  持ち上げてみると大きさの割には重くはなかった。紙ではなく木で出来ていて、両端には飾りのような紐が垂れ下がっている。 ドクンッ 鼓動が大きく跳ねた。体中に何かが走り抜ける。 山、風、草の匂い……人、人ならざるもの、助けを呼ぶ声…… 胸につかえたほんの少しの棘のようなもの。重いはずなのに、重いと感じない心。 刹那ともいえるわずかな時の中で、何かの光景が、誰かの思いが電流のように通り抜けた。  一瞬意識が遠のき、すぐに覚醒する。瞬きを何度かすると、今自分が見ている風景が先ほどとがまったく違う事に気づいた。見えているというより「感じている」といったほうがいいだろうか。今手にしている扇はとても清らかなものに感じるし、今自分がいる場所は気が引き締まる。神主も落ち着いた雰囲気だとは思っていたが今は穏やかで温かいものを感じた。 (何だろう。感覚が敏感になった?ううん、違う。今までが何も「見えて」なかったって事かな)  こうして肌に直接感じてしまうと、たしかにこれには何か力ががあって自分はそれに触発されたのだと理解できる。確かにきっかけは扇だが、それも里奈の血に目覚める力があるからだ。 ゆっくりと扇を戻し、蓋をした。 「ありがとうございました」 「いえ。もともとはそちらの物ですから」  丁寧にお礼を言い、里奈は神社を後にした。もちろんお守りを買うのを忘れずに。自分のと母のと、あと今回助けになってくれた雪に。  神社を出ると街は様々な「色」があった。人の思いというのだろうか。どす黒い、もやもやしたものがそこら中に散らばっていて気分が悪い。そんな時、不思議とお守りを握り締めていると安心した。お守りに特別な力はない。何かにすがれば安心する、人間の心理からだろう。 (つまりは気の持ちようで何とかなるってことか) 身を守るすべを知らない今の里奈はあまりに弱い。生まれたての赤ん坊のようなものだ。まわりの黒いモノにもあてられ酔ってしまう。 (もしかしたらご先祖様たちにとってはこの程度なんともなかったのかもなあ) ずっと気を張り詰めるわけにもいかないのでやはり頼るものはお守りだ。これがあるから大丈夫、と自分に言い聞かせる。それだけでも十分効果はあった。 (こりゃお守り手放せなくなったかも) こうなってしまってはお守りはこの先必須アイテムだ。といっても小さいし持っていても違和感のない物なので問題はない。まあいいか、と思い駅に向った。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加