社会人六年目、28歳・初夏

18/19
2124人が本棚に入れています
本棚に追加
/118ページ
「読みました。『おわらない夏』」 「うわ……そのタイトル。久しぶりに聞くと恥ずかしいな。読みませんって言ったのに、読んだんですか?」 「覚えてるんですか?」   最後にお会いしたあの日の事。  私は自分の気持ちでいっぱいいっぱいで、何も見えていなかったが。 「……覚えてるよもちろん。だって意味わかんないし、辞めたって言うし。結構ショックでしたよ、〝読みたくありません〟とか」  そう言いながら、思い出したように笑うけど、 「しょ、ショックって?」 「詩織ちゃんが辞める必要はなかったのに。あれからしばらく俺は、プールには行けなかったし」 「……」  言っている意味が、全然わかんない。  わからなすぎて、聞こうと思っていた事も何もかも全部、吹っ飛んだじゃないか。  ヨシノさんあの頃、何を考えていたの? 「今日、何で来たのって聞かないの?」 「──会いにきてくれたんでしょ?」  私は一呼吸おいて、何も答えずに続ける。 「このお話、何ですか?」 「何って?」 「小説に出てくるユサって、これ誰?」 「さあ、特に誰でもないと思うけど。ただの小説だから。ユサよりサツキの方がいいキャラだと思わない? いつもじっと見てきて、犬みたいで可愛いでしょ?」  「……さつき」 「書いていて楽しかったのは、こっち、サツキの方。俺のお気に入り」  嬉しそうに、また頁を捲る。
/118ページ

最初のコメントを投稿しよう!