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「今日本当はね、少しだけ会社に行こうかと思っていたの。チェックしないといけない書類がいろいろあって」
「連休中なのに?」
「連休明けでは間に合わないやつ、確認だけしたくて」
「それで?」
「上司がちょうど会社に居て、帰るついでに届けてくれるって」
「上司って、貝谷さんて人?」
「そう」
それから一時間もしないうちに、その人はやって来た。
「こんにちは、いつも妻がお世話になっております、芳野です」
「いえこちらこそ、お世話になっています。貝谷です」
名前だけは知っていた文緒さんの上司に、玄関先で挨拶をした。人の良さそうな、背の高い男性だった。中でお茶でもとお誘いしたけれど、書類を届けに来ただけなのでと丁寧にお断りされる。
「あの、妻を病院にも送って下さったそうで、ありがとうございました」
そう言うと、貝谷さんの表情がスッと冷えたような気がした。
「いえ、あの日はどうしても、見ていられなかったもので」
見ていられなかった?
「どういうことでしょうか」
「仕事面で大変な時期でしたし、自分自身の身体の事も心配で、相当参っている様でしたから、病院には付き添いましたが」
「貝谷さん、いいんですそれは」
付き添いました?
「一緒に先生の説明を聞いて下さったという事ですか?」
「いえ、聞いてはおりません。ただ心配だったので、話が終わるまで診察室の前で待っていました」
「……そうだったんですね。ご心配おかけしました。一緒に居ていただいて、心強かったと思います」
冷静な気持ちで話を聞いていた。
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