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貝谷さんは俺の顔をじっと見て、言わずにはいられないとでもいうように話を続ける。
「今、彼女が関わっているプロジェクトが、もう一年半位になりますか、一番大事な局面を迎えている時に、仕事をセーブしなければならない事は、彼女自身が一番悔しい思いをしていると思いますよ。ですが、出来る限りサポートするつもりでいますので、芳野さんも、無理はしないようにね?」
俺に言いたいことを言った後は、文緒さんに向かい、優しく気遣いの言葉をかけた。
いつも何事にも動じず、大概の事を、まあなんとかなると笑い飛ばす文緒さんが、貝谷さんの話を聞き「ありがとうございます」と口元に手をやり涙を滲ませた。そんな文緒さんを見て、目を細める貝谷さんがいる。
信頼関係があるのだな、この二人の間には。
気を許し、頼りにしている。これは、
理想の上司ってやつなのだろうか?
なるほど。
なんていうのか、不思議と嫉妬の感情は湧かない。ただ俺は、文緒さんにこんな表情をさせることは、とてもできないと思った。
ここ数か月感じてきた違和感のようなもの、俺と文緒さんの間に成り立たないもの、それをまざまざと見せつけられた気分で、俺の弱っていた精神を打ちのめすのにこれ以上のものはなかった。
貝谷さんを見送り、再び二人になった部屋で、文緒さんがフーッと息を吐いた。
「──文緒さん、俺、帰ろうかな」
「え? どうしたの突然、もう帰る?」
ちょっと待って少しだけと、焦り出す。
「いや今日は、俺一人で帰ろうかなと」
「……何言ってるの?」
「文緒さん、休んでいた分の仕事が気になって仕方ないんじゃない? 帰るよりやる事があるんでしょ。さっきからそわそわしてる」
「まあそれは、あるけど……、でも」
「俺もやる事あったの思い出した」
「暉君?」
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