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「私が読んでもいいんですか?」
「ええ、読むの好きだって言ってたから」
「芳野さんが書いた小説も、載っているんですか?」
「ああうん、載っているんですよ」
このやり取りが心地良いのは、これ以上
どうにもならない事を分かっているから。
行動は抑えられても心は制御できない。
俺は彼女と何気ない言葉を交わす時間が好きだった。
「謝りたいと思っていたことがありまして」
気になっていた誕生日の事を切り出す。
自分のエゴでしかないと分かっているけれど言いたかった。
「二十歳の誕生日、おめでとうございます」
学生時代が過ぎ社会人になり環境が変われば、いろいろな事があるだろう。出会いも。
「いろんな人と出会って楽しい事が沢山あるでしょうから。陰ながら応援しています」
恋人ができたと聞かされたら、それは少しショックかもしれない。
娘でも妹でもないけれど。
ああでもそうか、それだってもう、知る由もない──。
なぜ辞める事になったのか、理由を聞こうとした時だった。
「この本、読めません」
それまで普通に、楽しそうに会話していた彼女の様子が一変する。明らかな不快感。
俺何か、まずいことを言っただろうか。
話の内容など知る訳がないが。
「芳野さんの書いた小説、私読めません、読みたくありません」
「そう、ですよね。こんなの渡されても困りますね、つい調子に乗って……」
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