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side 暉 28歳夏~29歳
文緒さんとの関係は、その後悪化の一途をたどる。
一度狂い始めた歯車が元に戻ることはなく、何度話をしても平行線で、歩み寄ろうとする気持ちは互いにますます薄まっていった。
治療のために再入院が決まった時の、
「暉君に迷惑かけたくない、来なくていい」という言葉はもう、真っ直ぐに受け取る事はできなくなっていた。
*
「──それでどうなってるの?」
「最近は、会えていませんね。でもいつの間にか少しずつ荷物は減っていまして」
「はぁっ!?」
『芳野君なんか痩せてない!? オーラが暗い! 灰色になってる!』と、咲田さんから心配され、時々飲みや食事に誘ってもらう。美南さんが一緒の時もあった。
自分の話など普段は全くしない俺も、この暗黒時代だけは時折、言わずにはいられない思いを吐露する事があった。自分では意外と大丈夫と思っていたが、相当弱り参っていたようで、何気無いことを思い出し、苦しくて泣けてくる日もあった。だから、気にかけてくれる人がいる事は本当に有り難かった。
どうやって運び出したのか分からないが、例のマルベリー色の彼女のソファーが家の中から消えていた。〝必要な荷物運ぶから〟と、一言だけ連絡があったものの、突然の事だった。がらんとなったスペースを見た時、俺の守っていた場所など疾うに無かったのだと悟る。
もう無理なのか。
そうか、こんな風にして終わるのか……。
マンションをを引き払う事を決めた。
別れる間際の、文緒さんの理不尽な冷たい態度は、よく考えるといろいろとおかしい。
冷静に考えれば、彼女に何か考えがあることくらい簡単に見抜けたのに。
嫌われたのか憎まれたのか、そもそも始めから愛されていなかったのか。
それを聞く気力もなく、一つ一つ納得し消化し、整理するための時間だった。
送られてきた離婚届を見てももう、悲しいと思う事も動揺する事もない。
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