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三月半ばを過ぎると、帰りが遅くなる日が増えた。気分転換は必要、週末くらいは、と言い訳しながら、金曜は時間を作り泳ぎに行くようにしていた。
プールの受付には、サークルの日は毎週
シオリちゃんが居る。彼女がバイトを始めて覚えている限り、居なかった事はないんじゃないかな……、それくらい当たり前の光景になっていた。ところが今日は受付に誰もおらず、あれ?と思いながら、辺りを見回す。
別の場所から、小さな話声が聞こえた。
「───ね? 危ないのわかった? 走るとすべって転んじゃうし、誰かにぶつかったら誰かも痛くなっちゃうよね?」
「うん。シオコーチ、ごめんなさい」
「うんいいよ。今度は走らない、気をつけようね。ゆう君、ほら、キズはおとこの……」
「──くんしょうだ!」
「アハハ、でもあんましケガしないでね? はい、カットバン貼ったからもう大丈夫!」
少し離れたベンチに、小さな子どもと、
その子の擦りむいた膝の手当てをするシオリちゃんの姿があった。おそらく水泳教室の時にいた幼児だと思うが、その微笑ましいやり取りに、ついにやけてしまう。
〝傷は男の勲章だ〟って……。
水泳教室のコーチを始めた頃、ぎこちなく固まっていたシオリちゃんは、回を重ねる毎にどんどんそれらしくなっていった。
子ども達と一緒に子どもみたいに笑うから、慕われて、すぐに人気者になった。いまだに親と一緒に泳ぎに来る子もいる。
「シオコーチはなんで泳ぐの上手なの?」
「シオもね、ゆう君くらいの小さい時からずっと泳ぐ練習していたんだよ―」
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