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かろうじて落ち着きを取り戻し、普段通りぽつぽつと会話しながら、明るくも暗くもない食事を終えた。考えなければならない事は山ほどあるが、『時間も遅いし明日もう一度ちゃんと話そう』と言われ頷いた。
昂っている感情が、少し収まってからの方がいい。具体的にいろいろと相談し、決めなければならないことも多い。
車を取りにプールの駐車場に向かい別々に帰宅する。すぐにお風呂に湯を張り、浴室に文緒さんが入るのを確認したところで、PCの画面を開いた。
さっき見た治療の内容と、入院する予定の病院、気になった事をいくつか思い付くまま検索をかける。まだ何の確証もなく不安に変わりはないが、文緒さんの大まかな説明に間違いはなく〝大丈夫〟というのも実際そうなのだろう。いつだって彼女が判断する事は、正しい――。
少し気が済んで、文緒さんのお気に入りのマルベリー色のソファに腰を下ろし、背もたれに頭を預け目を閉じた。
二人で使用するには大き過ぎるこのソファーのせいで、今も、一人暮らしにしては広いこの部屋から引っ越しはせず、そのまま住み続けている。まあ最初はこれほど長く別々に暮らすとは、思っていなかったわけだが──。
*
「──暉君」
目を開くと、俺の顔を覗き込む文緒さんがいた。――あれ、俺……。
「……ごめん。いつの間にか、寝てた」
「うん。お風呂入ってベッドで寝たら?」
ソファーに座ったまま、眠っていた様だ。
考え事があって眠れないではなく、ショック状態で寝落ちとか……。ハハ。
「暉君、焙じ茶飲む?」
「……あ、飲む。ありがとう」
同じソファに座り、二人で焙じ茶を飲む。
自宅でのリラックスモードの文緒さんは、外ではほとんど着ない柔らかい暖色系のカットソーにカーディガンを羽織り、髪を下ろし眼鏡を掛け、表情もとても緩やかだ。
俺にしか見せない姿だと、結婚当初はそれがとても貴重に思えて、嬉しかった。
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