side 暉 28歳 4月

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「上司の人にもお礼しなくちゃね」 「ああ上司は、貝谷さんって言うんだけど、わざわざいいよ」 「そう? 病院まで送ってくれたって」 「……うん、そうそう。それだけだから」  濃い話し合いに疲れ、とりあえず誕生日だからランチにでも行こうかと外に出た。  春らしい陽気とはいえない、少し肌寒い、風の強い日だった。 「なに食べる?」 「文緒さんの食べたいものでいいよ」 「暉君の誕生日ですよ? 暉君の食べたいものがいいよ」 「食べたいもの、そうだねぇ……なんだろ」  テンションが上がらない。どうしたろ、  気力が湧かない。食欲もあまり。 「あ、M町の自然食の店でいいんじゃない?あそこなら文緒さんも好きでしょ」 「好きだけど」 「ならそこにしよう」 「……少し無計画だったね。ごめん」 「無理しなくていいよ。疲れてるでしょ? サッと食べて、少し買い物して帰ろう」  この頃は全く気付いていなかったが、 いつの間にか俺自身も、文緒さんにほとんど本音を言わなくなっていた。 そして、何も求めなくなっていた。 病のせいだけではないと思う。 必要とされない必要としない、お互いがマイペースに動く日常に慣れてしまい、何かを伝えようとする努力とか、相手にわかって欲しいという熱も、低くなっていたと思う。 **  週明け、直属の上司と咲田さんに事情を話し、担当している案件のいくつかを、振り分けてもらった。 「すみません咲田さん、ご迷惑おかけします。よろしくお願いします」 「そんなのいいよ、まず芳野君も無理し過ぎないように。困った事があったら言って?」 「ありがとうございます」
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