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「上司の人にもお礼しなくちゃね」
「ああ上司は、貝谷さんって言うんだけど、わざわざいいよ」
「そう? 病院まで送ってくれたって」
「……うん、そうそう。それだけだから」
濃い話し合いに疲れ、とりあえず誕生日だからランチにでも行こうかと外に出た。
春らしい陽気とはいえない、少し肌寒い、風の強い日だった。
「なに食べる?」
「文緒さんの食べたいものでいいよ」
「暉君の誕生日ですよ? 暉君の食べたいものがいいよ」
「食べたいもの、そうだねぇ……なんだろ」
テンションが上がらない。どうしたろ、
気力が湧かない。食欲もあまり。
「あ、M町の自然食の店でいいんじゃない?あそこなら文緒さんも好きでしょ」
「好きだけど」
「ならそこにしよう」
「……少し無計画だったね。ごめん」
「無理しなくていいよ。疲れてるでしょ? サッと食べて、少し買い物して帰ろう」
この頃は全く気付いていなかったが、
いつの間にか俺自身も、文緒さんにほとんど本音を言わなくなっていた。
そして、何も求めなくなっていた。
病のせいだけではないと思う。
必要とされない必要としない、お互いがマイペースに動く日常に慣れてしまい、何かを伝えようとする努力とか、相手にわかって欲しいという熱も、低くなっていたと思う。
**
週明け、直属の上司と咲田さんに事情を話し、担当している案件のいくつかを、振り分けてもらった。
「すみません咲田さん、ご迷惑おかけします。よろしくお願いします」
「そんなのいいよ、まず芳野君も無理し過ぎないように。困った事があったら言って?」
「ありがとうございます」
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