2255人が本棚に入れています
本棚に追加
「……もうダメだって、知ってる」
彼の顔を見て情けない笑みを浮かべる。彼の眉間の皺が深くなったのを見て、あたしは口角をもっと上に。
「この関係に価値なんてないし、あたしは浮気しても許してくれるアホな女だって思われてる。大事になんかされてない」
彼が何度もあたしに縋ってくるのは、ただそれだけが理由。浮気を許してくれる都合のイイ女だってなめられてる。
あたしの存在価値なんて、そんなもん。浮気した彼氏が帰ってこられる、安いボロアパート。
ボロボロになったものを、今更綺麗にしようと、大切にしようと思うわけがないんだ。
「笑っていいよ、浅倉君」
あたしがこんなアホでバカで面倒な女だから、浅倉君だってあたしをフったんでしょ。
ちょうどアパートの前。足を止め、彼を見つめるも何も言ってくれない。こういう時こそ「アホだな」って笑ってほしいのに。バカにされた方が、逆に潔いのに。
「家。ここだから」
指を差したアパート。あたしと彼はここでお別れだ。
「送ってくれてありがとう。じゃあ、」
「吉村、」
‘さん付け’じゃなくなったと気づいたのは、彼に呼ばれて数秒後。半分体をアパートに向けていたあたしはワンテンポ遅れて振り返る。
睨まれていると誤解される目であたしを見る彼。
「なに」と開きかけていた口は彼によって閉ざされる、のではなく。
「結衣……?」
鼓膜を叩いたその声にあたしの肩は大きく震えた。
最初のコメントを投稿しよう!