序章

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序章

 四月。桜の花は数日前の雨に耐えきれずに散ってしまい、葉桜とともに、次に来る緑色の季節への予感が高まってくる頃。  高校生活も二年目の吉成(よしなり)音十(おと)にとって、その日もいつもと変わりのない、少し退屈とすら感じられるような一日だった。眠い目をこすりながら登校し、あくびを抑えながら授業を受けた。休み時間にはクラスメイトとくだらない話をして笑い、放課後はサッカー部で汗を流す。  これまでと同じような一日。退屈で心地良い毎日が、これからも続くはずだった。  夕方、部活を終えた音十は、同じサッカー部で幼い頃からの親友、日野幹貴と家への帰り道を歩いていた。学校を出てしばらく歩くと駄菓子屋と小さな公園が並ぶ場所があり、部活で疲れた日などは時々そこで休憩と称して買い食いすることもあった。  しかしこの日は公園の前に人影がひとつ、二人と同じ高校の女子生徒の制服を着て立っていた。 「日野君」  控えめに声をかけてきたその人影を改めてよく見ると、今年から音十と同じクラスになった小柄な女子生徒だった。確か去年は幹貴と同じクラスにいたように思う。何て名前だっけと考えている間に、幹貴が答えていた。 「戸倉さん。どうしたの?」 「……話があるの。今、いい?」  顔を真っ赤にして声を振り絞る様子に、音十は話の内容を察して先に言う。 「じゃあ俺、先に帰ってるから」  音十の言葉に、彼女は少しほっとしたように笑顔を向けてくる。 「ごめんね。吉成くん」  自分の名前を覚えていることに少し驚きながらいいよと手を振り、その場を立ち去った。
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