序章

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 ひとりで公園を後にし、歩きながらぼんやりと思い返していた。  中学に入ってサッカーを始めた頃から、幹貴は女子からの視線を集めるようになった。ひとつ上の学年のマネージャー曰く、背が高くて大人っぽい雰囲気なのに、いつも笑顔で話しかけやすいところが幹貴の人気のポイントだよね、とのこと。  実際に告白されたことも一度や二度ではなかったようだが、幹貴がそれに応えたことは一度もなかった。  高校生になると、周りでも付き合う付き合わないの話題が増え、幹貴もさらに女子から声をかけられることが増えたが、やはり誰とも付き合うことはなかった。  一方の音十は、中学卒業の前に、隣のクラスの女子に告白されて付き合ったことがあった。何度かデートもして付き合っている間はそれなりに楽しかったが、中学を卒業して別々の高校に通うようになると、次第に会う回数が減っていき、どちらからともなく別れを切り出した。  その時になってようやく音十は、彼女が好きで告白に応じたのではなく、告白されたことが嬉しくて付き合い始めたのだと自覚した。  とりとめもなくそんなことを思い出しながら、音十はゆっくりと歩く。隣同士の幹貴と自分の家までもう少しという辺り、桜の木が並ぶ河川敷を通っていた。夕暮れも近いこの時間、普段は犬を連れた人やジョギングをする人とすれ違うことも多い場所だったが、この日は誰の姿も見えない。  さらさらと流れる川の音。遠くに聞こえる電車の走る音。いつも聞いている音がこの日は少しだけ大きく聞こえる気がした。  幹貴が彼女への返事をどうするのかが気になって、だけど今までと同じように、応えることはないのかなとぼんやりと考える。やがて後ろから駆け足で近付いてくる足音が聞こえてきたのに振り向くと、幹貴がこちらに走り寄ってくる。やっぱりひとりかと思う間もなく、すぐに音十の横に並び同じ速度で歩き出した。
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