序章

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「また断った?」  幹貴がひとりですぐに追いついてきたためその答えは半ば予想できたが、口に出して聞かずにはいられなかった。 「うん、断った」 「いつも断ってるよな。もしかして他に好きな子でもいるとか?」  重い空気になってしまいそうで、あえて軽い口調で聞いてみる。以前から誰の告白も受けずに断ってばかりいることが気になっていた。 「違う」 「え?」  しかし予想外に暗い口調の答えに、一瞬聞き間違えたのかと戸惑う。 「何か……誰か、が……いるような気がして、誰を見ても、その誰かとは違うって思ってしまって……。上手く言えないけど、俺、駄目なんだ」  曖昧な言い方に、音十は聞き直そうと幹貴に顔を向けた。すると幹貴が数歩前で顔色を真っ青にして立ち止まっていることに気付いた。 「みき…? どうし」  その時、確かにもう散ってしまったはずの桜の花びらが、一斉に頭上から舞い落ちてきた。とっさに目を閉じて腕で顔を覆う。風もないのにひらりと揺れながら頬に触れる柔らかな花びらを感じた。かすかに甘く、どこか懐かしい香りを感じて薄く目を開き、桜の木を仰ぎ見る。    そこで音十の目に飛び込んできたのは一面の鮮やかなピンク。満開の桜の木と辺りに舞う花びらに目を奪われ、音十は一瞬、幹貴のことも頭になかった。  しかしすぐに我に返り、幹貴を探す。今尚舞い続けている花びらの向こうに見える親友は、先程よりもさらに青い顔をし、頭を押さえてしゃがみ込んでいた。 「みき、どうした?! 大丈夫か?」  驚いて声をかけるも、幹貴は息も絶え絶えで、音十の声すら聞こえているのか分からない様子だった。 「あ、頭が……割れそ……だ……」  苦しげな息の合間から漏れる声に、思わず肩に手を伸ばす。しかし幹貴の体に触れた瞬間だった。指先に電流が走り抜けるような強い痺れを感じた。  驚いて手を引くが、既に遅かった。まるで触れた指先から染み込んでくるように、体中に痺れと熱が広がってくる。体の内側から溶かされるような耐え難い熱。それなのに、体は凍えている時のように震えてくる。  すぐに立っていることもできなくなり、その場に膝をついた。右手を地面について体を支え、残った左手で右手を握って、震えるのを抑えようとする。爪が食い込むほどに強く押さえても震えは止まらない。頭は熱でぼんやりと何も考えることもできなくなり、やがて意識すらも薄れていく。 「み……き……」  重い頭を上げ幹貴に目をやると、ぐったりとしていて動かず、恐らくは既に意識を失っているようだった。  心配で目は離せず、しかし何もできずに歯痒くも見ているしかできなかった。そうしていると、いつのころからか幹貴の体の輪郭が曖昧になっているのに気が付いた。その向こう側にある桜の木との境目がぼやけて見えたときには音十はまず、自分の目を疑った。きっと何かの見間違いだと一度強くまばたきをして、もう一度見る。しかし今度は輪郭どころか、幹貴の姿までもぼやけて見え始め、体を透かして桜の木の根本まで、うっすらと見えるようになっていた。
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