329人が本棚に入れています
本棚に追加
/31ページ
第一話
ここは男爵クレクス・マント様が納める領地。
春には菜の花が咲き。
夏にはひまわり畑。
秋には紅葉。
冬には白銀の世界が一面に広がる。
大きな大陸の北の隅にある山間の長閑なルース村。短い夏の時期が終わりを告げて、九月になる頃には朝晩は肌寒く感じるようになってきた。
私の家は村の中央にある一軒の煉瓦造りの平屋建て。その一部屋で私は丸椅子に座り、黙々と押し寄せてくる疲れと眠気と闘い針と糸を動かしていた。
ようやく最後のひと針を縫い終わり、布の裏を玉結びを留めて手を下ろした。
「やっと出来たわ。後は細かい箇所を手直しをすれば完成ね!」
出来上がったばかりの、真っ白なベールを胸に抱いて部屋の中で踊った。明日、私の結婚式に着る真っ白なワンピースはクローゼットなか。
リビングのテーブルの上には造花の白い花とピンクの花を使用して作った、ブーケと花冠が置かれている。
「不器用な私にしては頑張ったわ!」
自画自賛しつつ、ほっとひと息をついた束の間、部屋に掛かる柱時計の鐘が5時を告げる鐘の音を鳴らした。
「もう、こんな時間? 早く、急がないとバイトに遅れちゃう!」
裁縫具箱を片付けて、バタバタと音を出しながら、家の中を駆け回る。帽子に、スカーフ後は靴下。
この慌てふためく私はこのルース村に住む。ティーラ十七歳。茶色のおさげ髪に薄茶色の瞳、私は何処にでもいる田舎娘、村のみんなはティーと呼ばれているの。
バイトに出る用意を済ませて、タンスの上に置いた写真立ての中の両親に朝の挨拶をした。
「お父さん、お母さんおはよう。では、私はバイトに行ってきまーす!」
寒さ対策の帽子に厚手の羊毛スカーフを首に巻き、破れた箇所を自分でほつった着古しのワンピース。お腹を冷やさないように毛糸のパンツと厚手のストッキング、足元はもこもこ靴下! そこに履き慣れた革のブーツを履き、舗装されていない道を足早に進む。
村の中を進むと、行きつけの手芸店が見えて来る。店のおばちゃんは朝早くから、外の掃き掃除をしていた。
「ティーちゃん、おはよう」
「おはようございます、サヤおばちゃん」
「朝が寒くなってきたね」
「ほんと寒くなりましたねぇ、温かくして風邪に気をつけてください!」
サヤおばちゃんはゆっくり頷き。
「はい、はい。ティーちゃん、あんたもだよぉ」
「ありがとう、気をつけるね」
村のみんなが優しくしてくれるお陰で、両親を流行病で早くに亡くした私も元気でいられる。
そして明日。私の側にずっと寄り添ってくれた、大好きな彼のお嫁さんになるの。この日の為にダイエットも頑張ったし、お化粧だって練習をしたわ。
(リオン君、明日が待ち遠しいね!)
彼の両親がこの村で営むパン屋で、十五の頃から働いている。去年彼と婚約してからはパン作りを習い。お店の経営の勉強も始めた。この村一番の美味しいパン屋。
朝早くから大勢のお客さんが、ここのパンを買いにやって来る。坂の上の煉瓦造りのお店に小走りに近くと、お店からは焼きたての香ばしいパン香りがした。
私はこの香りが大好き。お店の近くで足を止めて身体中で吸い込む。
「いい香り、今日は朝ごはん抜きだからお腹に響くわ!」
あー早くお昼が待ち遠しい、ミルクたっぷりカフェオレと、焼きたてのふわふわで、もちもちな食パンにはイチゴジャム。あんこたっぷりのあんぱん。クリームが滑らかクリームパン。サクサクな、クロワッサンにもっちりロールパン。いつもどれを食べようか迷っちゃうのよね。
他にも、お店の一番人気の手作りコッペパンにキャベツに、ぶ厚いソーセージとたっぷりのチーズとケチャップが掛かったホットドッグ。
シャキシャキ採れたての野菜と、ハムにチーズを挟んだサンドイッチもいいなぁ。
店で使う野菜は彼の両親の畑で採りたてだし、ジャムだってもちろん手作りで、私もミリおばさんに作り方を教わったわ。
さて、今日も頑張るぞ!と気合を入れて。お店の裏口に回り込み元気よく扉を開けた。
「ヤナおじさん、ミリおばさん。おはようございます」
「ティーちゃん、おはよう」
「おはよう、ティーちゃん。来て直ぐで悪いんだけど、裏の畑でレタスと人参二つずつ採ってきて」
「レタスと人参ですね! わかりました。畑に行ってきます」
返事を返してエプロンを付けて裏口近くの大きな畑に向う。その畑では季節ごとに色んな野菜を栽培していてる。私もお店が休みの日には畑に来て、おばさんとおじさんと一緒に草むしりと種植えのお手伝いをして余ったお野菜を貰っている。
ミリおばさんに言われた通り裏の畑でレタスと人参を収穫して、野菜に付いている土を近くの小川で洗い流して店に戻った。
「ミリおばさん! レタスと人参を採ってきました」
「ありがとう、ティちゃん。入り口近くのカゴに入れておいて、いまパンが焼きあがるからホールの準備をよろしくね」
「はーい、わかりました」
旦那さんになる彼は十五歳から十七歳までの二年間、村から離れた街の料理学校に通い。
料理学校を卒業してからは、領主のマント様のお屋敷で料理人見習いとして働いているけど。私と結婚をしてからはパン屋を継ぐと言っていた。
彼の仕事が休みの日には一緒にパン屋の手伝いしている。私は彼が作るお菓子が大好き。ショートケーキにバタークッキーやビスケット、マカロンにガトーショコラを記念日にはいつも作ってくれた。
彼の事や明日の事を考えて、お店の準備の手が止まる。そこに、ミリおばさんが焼きたてのパンにを持ってホールやって来た。
「ティーちゃん! パンが焼き上がったからお店に並べていって…ほら、ティーちゃんぼーっとしない」
「あっ、すみません」
「まぁー浮かれちゃうのはわかるけど、しっかりねぇ」
「頑張りまーす!」
ミリおばさんから焼き立てのパンを受け取り、トングを握りカゴにパンを並べていく。
いけない、どうしても明日の結婚式の事を考えてしまう。いまから一年前の私の誕生日の日に、ビシッと正装をした彼は、家の前で跪いて私にプロポーズをしてくれた。
『ティー、必ず幸せにする。俺と結婚をしてください』
『はい、喜んでリオン君』
花束と指輪を喜んで受け取った。近くのご近所さん達も出てきて、みんなは私達を祝福をしてくれた。
明日は街の教会で二人だけの結婚式をするの。
「ティー」
彼は仕事が終わったのか、パン屋の前を掃き掃除する私の側に来た。
「リオン君、お疲れ様」
「ティーもお疲れ様。あのさ話があるんだけど……」
「話? もう少しでお店の片付けが終わるから待っていて!々
「わかった、いつもの場所で待ってる」
「うん。終わったらすぐに行くね」
小さい頃からよく待ち合わせをした、村の東寄りにある、小さな小川の橋の上で会う約束をした。
(話って、明日の結婚式の話かな?)
バイトが終わり橋の上で待つ、彼の側に駆け寄った。
「リオン君お待たせ。おばさんに余ったパンを貰って来ちゃった」
「ティー……お疲れ様」
橋の上で待つ彼に近づくと、その表情はいつもより沈んいるように見えた。
「リオン君?」
話があると言っていたのに何も言わない、どうしたのと聞こうとする前に、彼はいきなり私に頭を下げた。
「ティー、ごめん。俺は君と結婚出来ない!」
「結婚出来ないって、どうして?」
彼に詰め寄って聞くと、リオン君は私から目をそらした。
「「ごめん、ティーの他に好きな人が出来たんだ!」」
彼はそれだけを言うと、私を押し退けて帰って言った。
♢
その後、どうやって家に帰ったかは分からないけど、気が付けばベッドに寝ていた。
「十八歳の誕生日か……」
コンコン、コンコン。
朝早くに誰かが来た。でも、いまは誰にも会いたくなくて、返事を返さないでいた。コンコン、コンコンと玄関を叩く音は止まない。
(もしかして、リオン君が戻って来た?)
涙を拭き期待して扉を開けると、そこには青い顔をしたミリおばさんが立っていた。私を見ると詰め寄るおばさんからはパンの香りがした。
好きだった匂いだけにいまは辛い。
「ティーちゃん! ごめんね、うちの子がこんなことをするなんて……ごめんなさい」
おばさんのこの表情を見て、これは嘘ではなく本当のことなんだと再度、現実を突きつけられた。
「訳が分かりません……説明をして下さい」
「あの子何も言わなかったの? 訳も言わずにいきなりティーちゃんにいきなり結婚を辞めるとを言ったの?」
私はゆっくり頷いた。
「訳が聞きたい、話してください」
「ティーちゃんには辛い話になるけどいいの?」
「これ以上辛いことなんてないです。理由を知りたい。ただ、それだけです」
私の言葉にミリおばさんは頷きゆっくりと話し出した、彼の恋の相手はマント様の一人娘で同い年の十八歳。ふわふわピンクの髪に胸の大きなセジールお嬢様。
小さい時から私とリオン君が一緒にいると、割り込んできたうるさいお嬢様だ。
♢
おばちゃんの話ではセジールお嬢様は、彼が通う料理学校まで会いに来ていた。私の知らない所で二人は仲良くなっていたんだ。
そのことを知らない私が彼にプロポーズされて、喜ぶ姿を影では笑っていたの?
「酷い……リオン君は好きな人が出来たのなら早く言ってくれればよかった。それなのにプロポーズするなんて!」
「ティーちゃん、ごめんなさい」
「おばちゃんは謝らないで悪いのは二人だわ。おばちゃんごめんね。中途半端ですがバイトを辞めます、いままでありがとうございました」
私はおばちゃんに深く頭を下げた。おばちゃんは私がそう言い出す事が分かっていたのか、胸元のポケットから茶封筒を取り出した。
「これ、少ないけど……ティーちゃんのバイト代」
それを受け取るといつも貰うバイト代よりも多く入っていた。これからのこともあるからと、私は遠慮なくそのお金を貰った。
帰り間際におばちゃんは、両親が写った写真立てを見て、悲しい表情をした。
「ああ、カリヤとシラカに顔向けができないよ。ごめんね」
「気にしないでください、両親も仕方ないと言っていますわ」
おばちゃんは何度も頭を下げて帰って行った。一人になると心がズッシリと重い。でも、男爵様で私よりもお金持ちのお嬢様には勝てない。
宝箱を開けて、子供の頃からリオン君に貰ったものをゴミ箱に捨てていた。
「これもいらない、これも……」
今朝まで作っていたベールにブーケに花冠を棚から取り、ゴミ箱に投げ込もうとしたけど投げれず……胸に抱き込み泣きじゃくった。
最初のコメントを投稿しよう!