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「そう。あなたが助かる方法は三つ。この世界で社会の奴隷として働いてそのクソみたいに歪みきった性格を直し、【人の為に涙を流せるようになる事】それと」
「ちょっと!言い過ぎよ!それと、今三つ言ったじゃないの!まだあるっていうの?」
私は指を三本立てて男に見せつけた。
「え?」
「奴隷として働く、歪みきった性格を直す、人の為に涙を流す」
きょとんとしている男に、指折りで数えてみせると、
「ははー、お気楽な脳みそだぁ。奴隷として働くのは当たり前でしょう?民衆に奴隷以下の扱いをしてたあんたなら奴隷として働くくらい雑作もないはずだ」
男はゾッとするような表情を浮かべていた。
一見笑顔が張り付いているように見えて、全く目が笑っていなかったのだ。
「二つ目は【この場所で認められ、仲間を作る事】三つ目は.....」
「三つ目は?」
男は人差し指を口元に当ててウインクした。
「ないしょ★」
***
「でも実はですね。溝沼さん」
「え?」
「溝沼さんは、地獄に行かなくてもいいんですよ」
「どういうことよ」
「地獄行きを逃れる条件の一つ目は、他人の為に涙を流せるようになる事。これは、海の帰りに「自分はいくら人を助けても足りないのよ」って、反省して、自分のした事を悔やんで泣いてましたよね」
「な、あの時起きてたの!?」
「そして二つ目は、この場所で認められ仲間を作る事。貴方はここで、友達や仲間を作りました」
「...えぇ」
「そして三つ目はこれまた海の日。子供と親は実はこちら側の人なんですよ」
「はぁ!?」
「他人の命を命がけで救えるかどうかを、見ていたんです」
「そ、それで私がし、死んでたらどうすんのよ!」
「助ける姿勢が見たかったので。まぁ、その時はその時ですね」
「その時はその時ですね。じゃないわよ!!」
「ピーピーピーピーうるさいですね」
「言いたくもなるわよ馬鹿!!」
「でも、貴方は見ず知らずの人を助けに行った。変わったと思いますよ。本当に」
「変わった...」
変わった、そうね。
変わったわ。私ここに来て本当に、変わった。
「人にも好かれて、相談もされて、見ず知らずの人をちゃんと救った。貴方は前世で悪い事をしましたが、これからこの世界で仲間達と過ごし、真っ当に生きる事を許されます」
「...私、許されていいのかしら」
「それでも地獄に行きたいなら構いませんよ」
「灰子ちゃーん」
ビクッ、私と総司は驚きで跳ね上がる。
「あ、あっ!り、理沙!ちょ、ちょっと待って!開けないでよね?」
部屋に総司がいる事がバレたら困るわ。
「あ、うん。わかった。でも後で話したい事があるの」
「え?」
総司と私は顔を見合わせて、首を傾げた。
***
とりあえず一旦話を止めて理沙の話したいこと、というのを聞くことにした。
理沙の部屋に行くと、理沙はパジャマ姿のまま嬉しそうに微笑んだ。
「話って何よ」
理沙の前に座ると、理沙は麦茶を入れてくれて私の前にコップを差し出した。
「いや、大した事じゃないんだけどね」
「えぇ」
「八木杉さんの事、橘先輩と話をつけて解決したの、灰子ちゃんだよね」
「...そ、それは」
「わかるよ。八木杉さんも分かってた。灰子ちゃんはいつも誰かが困ってると助けてくれる。私は、救われたよ。灰子ちゃんに」
「私は...」
「だから、灰子ちゃんも何かあったら、私に相談してね」
「え?」
「今日、橘先輩と話が終わったあたりからずっと浮かない顔してたから。心配だったの。何か言われたんじゃないかとか、解決したの?」
「えぇ、何も言われてないわ」
「本当に?」
「...」
真剣な表情で、理沙は、本当の事を言ってと言わんばかりの顔で私の事をじっとみた。
「...遠くに」
「うん」
「遠くに、行こうとしてたの。もう、理沙とも会えないくらい、誰とも会うことはない、遠くに」
「うん」
「私は、過去に悪い事をしたから。遠くに行こうって。でも、今日総司が遠くに行かなくてもいいよって...でも私、私...」
理沙は、私を抱きしめた。
涙が溢れてきて、止まらなくなった。
「うん」
「私は...遠くに行くべき奴なのよ。酷い事をしてきたわ」
「灰子ちゃん」
「...」
「灰子ちゃんは、ちゃんと反省して悔やんで後悔してる」
「ん...」
「その償いを遠くに行く。死ぬなんて事じゃなくて、ここで頑張って償っていけばいいじゃない。私は、灰子ちゃんにここにいてほしい。ずっと隣で働いていてほしい。きっと八木杉さんも相澤さんも総司さんも、そう思ってるよ」
死ぬ、か。
たしかに似たようなものね。
「...でも」
「私も死にたいって思った事、あったよ。でもね、灰子ちゃん、大好きだから、一緒に生きよう」
大好き、か。
私が、そんな事言ってもらえるなんてね。嬉しい。こんなに、嬉しいのね。
「うん」
***
「決まったんですね」
「えぇ」
1年後。
私は、この世界で死んでから転生させてもらうことになった。
新入社員が入ってきて、私は先輩という立場になった。
「って、なんで総司まだ働いてるのよ」
「いや、まだ相変わらず溝沼さんが何かやらかさないように監視は続いてるんですよ」
「はぁ、何もしないわよ」
「溝沼さんの事ですからね。何をしでかすかわかりませんから」
「総司君、あんまり灰子さんをいじめないでね」
八木杉は、私にあれからまさかの告白をしてきた。でも私は恋愛なんてよくわからないから、という事で断ったんだけど。
まだ諦めてないみたい。
「あの...」
新入社員の女の子二人がおずおずと話しかけてきた。
「何?何かわからない事でもあった?」
「先輩から、新入社員はトイレ掃除をするようにと言われたのですが」
新入社員の女の子、私の後輩二人はどちらも若くて顔が可愛いので女の先輩三人衆に目をつけられているみたい。
私がなるべく守ってあげてるんだけど、あんなのだから結婚できないのよあの人達は。
「しなくていいわよ。私達で毎日やってるから」
「で、でも...」
「新入社員は色々覚える事があって大変なんだから、いいわよ。あ、そろそろ山登りの時期でしょ?適当に登ったらすぐ帰って寝なさい?ま、頂上に登るのも悪くはないけどね」
「ふふ」
私も理沙も山登りを思い出して笑った。
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