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「なんですか?」
くるりと振り返ると、橘先輩は私を値踏みするようにじっと見ていた。
「なんですか?」
思わず二回言ってしまった。
「貴方、八木杉君のことどう思ってんのよ」
「八木杉の事?」
私は、眉をひそめて考えた。
どう思ってるかって言われても...。
「どうかと聞かれれば特になんとも思ってないわよ。でもいい奴なんじゃないの。普通に」
「はぁ!?」
掴みかかられるんじゃないかってくらいのはぁ!?を一身に浴びて私の体はびくんと跳ねた。
びっくりするわね。
「どう思ってるかってわかんないわよ。そんなの、なんて答えればいいのよ」
「はぁ...」
頭が痛いというように、橘先輩は頭を押さえて俯いた。
「何よ」
「八木杉君さ」
「...?」
「いつもニコニコしてて、挨拶もできて、明るくて優しくて、誰とでも別け隔てなくっていうか、皆平等に接する事が出来るじゃない」
「そうなの」
「そうよ!顔だってかっこいいし年下なのにしっかりしてるし...でもなんだか少し影がある感じで、何でも相談して寄ってラインしても、ありがとうございます!って返事返すの。飲みに行こうよ!って言っても、はぐらかされちゃうのにあんたら新人仲間とは飲みに行ってるみたいじゃない」
「何が言いたいのよ」
「私は、本当になんとも思われてないんだなって...私結構自分に自信があったのよ...でも、八木杉君、全然私に興味ないんだもん。好きな人がいるって、その人の方ばっかりだもん」
「あなたの、八木杉の好きな人に対して嫌がらせしなかったのはいいことだと思うわよ。私はあなたの性格最低だと思うけど、最悪ではない。してたらもっと嫌われてたと思うわ」
「...はぁ。ううん。私は最悪よ。好きな人に意地悪しなかったのは、好きな人に意地悪したらその好きな子を彼が守ったりその好きな人が彼に相談してもっと彼の彼女に対しての愛が深まる事を恐れたから」
「そんな事まで考えてたの」
驚いた。
愛が深まるなんて、普通思いつかないわよ。
「彼に振り向いてもらう為にこの私がこれだけしてるのに、全然振り向いてくれない。それどころか私よりこんな子の事が好きなの!?って彼にひどい事もしちゃった。私、きっともう彼に嫌われてるからいいやって、彼にあたって...」
「こんな事やめようとか、考えなかったの」
「うん...でもこんな事してていいのかってずっと考えてたよ。でも、私、今更どうしたらいいのかわからなくて」
「どうもこうもないわよ。あんたがすることは二つよ」
「...」
私は二本の指を彼女に見せた。
「一つは八木杉に謝ること、二つ目は嫌がらせをやめて改心することよ」
あれ。
「あんたは、反省してると思うわ。だってさっきからずっと泣いてるもの」
どうして。
「泣いてる...あれ、本当だ」
「えぇ、反省してるからでしょ」
***
「生まれた時から運命って決まってるのよ。私は令嬢であんたは貧しいガキ。幸せになれないのならあんたも死にかけの祖母も生まれ変わるしかないわね」
「貧しい人達は、私と違って苦労してるのね。可哀想ねぇ」
「私のいう事聞いていればいいのよ。使用人の分際で口答えしてんじゃないわよ!あんた達は私のいう事聞いていればいいのよ」
私は、あの時。
少しでも自身の言ったことを振り返って、反省したかしら。
***
「あんたは、まだやり直せるわよ」
私が微笑むと、橘先輩は目を見開いた。
「なんで、あんたが泣いてるのよ」
「泣いてないわよ」
私はそう答えたけれど何故か涙が止まらなかった。
どうして涙が出るのかしら。
橘先輩は、そんな私を見て自分を見て涙を流してくれたと思ったのか、どういう感情なのか、笑ったような、泣いたような変な顔をしていた。
「一緒に戻ると変に思われる」
とかよくわからないことを言って橘先輩は、私を先に行かせた。
オフィスに戻ると、早速呼び出されて、普通にめちゃくちゃ怒られた。
仕事を倍にされた。
毎回毎回私は休憩時間頻繁にいなくなって!って、言われた。
いいじゃないの、休憩時間なんだから。
「ごめんなさい、今回は私が付き合わせちゃったんです」
でも後ろからひょこっと橘先輩が現れて、ごめんなさいと手を合わせるとハゲは、火にばしゃっと水をかけられたみたいに、
「気をつけろよ溝沼」
一言言って終わった。
何よこいつ。
橘先輩は、むすっとした私を見て微笑んだ。
その後、橘先輩は八木杉に謝って悪評を広めていた人たちにも振られた腹いせと言って誤解を解いたらしいわ。
凄いわね、あの人は。
私は、今回の事で大きな決心をしたわ。
「総司」
「はい?」
「今日の夜、話があるわ」
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