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「……てんやわんや? おもしろごとなら良かったんですがね……あっ、これだ。皆さん、読み上げますから聞いてください」
火鉢に手をかざしていた者も自然と姿勢を正し、住職を見つめた。
「これは……今からおおよそ百二十年前のこと。材木問屋の跡継ぎが早死しましてな。この寺で葬式を出したようなんですが……」
「片手がなかった、違うかい?」
「その通り。おそらくは死後の傷と見て不審に思ったのでしょうな。書き記してあります。通夜なし。肺の病で急死なれど、御遺体、既に腐敗始まり。また召し物についた血の量誠に少なく、欠損これまた訝しい、と」
それじゃあよ、そう言いつつ手を伸ばした頭領は頭骨から土をそっと払い落とした。
「この人の相手さんかい?」
「絶対に、とは申せませんがなぁ。死後何日も経った御遺体でしかも手首から先がとなると……」
「百年以上も前なら掘り返しても意味がねぇ。意味はねぇが、その材木問屋の墓はわかるかい?」
「そうですなぁ……今はもう墓守の縁者の方もいらっしゃらないようですね。これは日が昇ってからでないと探すのは大層難儀でしょう……なぁ、お嬢さん、もう少しだけ待っておくれなぁ。皆さんはどうされます? 湯をはりましょうか?」
「いやいや、お天道さまが顔を出してくれたら墓探しでまた汚れちまうだろうし、そこまで御住職に甘えるわけにゃあいかねぇや」
無言で頷く火消し達を見て、住職は再び席を外し、大量の布団をえっちらおっちら運んできた。
「私は今から読経しますのでね、どうぞこの嗄れた声でよろしければ本日の締めの清めとさせていただきたい。どうぞ遠慮なくお眠りください──では」
低く抑えた読経の声が本堂にじんわりと沁みて広がってゆく。蝋燭は隙間風と住職の呼吸に合わせて揺れ、香が鼻腔から肺を満たす。
摩訶不思議な山の騒ぎに巻き込まれた火消し達は抑えた木魚の音に一人また一人と眠りの世界へと落ちてゆく。示し合わせたわけでもなく、まだ意識のあるものがそっと布団をかけてやる。それを何度か繰り返した頃、東の空が白み始めた。
「探しに行こうやなぁ? 姉さん」
座ったまま腕を組んで目を閉じていた頭領が呟くと、応えるかのように頭骨や大腿骨からぱらりぱらりと乾いた土の欠片が幾つも落ちた。
「この一族はわりと裕福だったようですが、うーん……これは……」
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