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「どうしたい? 御住職。もう墓はないってかい?」
「おそらくあちらの……いわゆる無縁仏さまの辺りの奥にありましょうがなぁ……なんせ息子さんの死後一年足らずで店で働いていた者も含めて縁者が揃って絶えておりましてな……仏道に帰依した身としてもこの事実は恐ろしい。当代が書き残したのも合点がいきますわい」
「墓石が残ってたら儲けもん、ってことだな。俺はそれに賭けるぜ。おめぇら! 掃除も兼ねて徹底的に探すぞ!」
落ちた枝を拾い、朽ちた卒塔婆を住職に手渡し、枯れススキを刈り、かつては墓を持ち管理するだけの財力を有した今は亡き権力者達の骸の集う場所を目指す。
住職は手入れができていなくて申し訳ないとしきりに謝っていたが、火消し達はその言葉は自分達へ向けたものではなく地の下で眠る者達への謝罪として受け取っていた。
「背中があったけぇな。陽が昇りきったな」
「早く会わせてやりてぇな」
「ああ、ここまできたら絶対に会わせてやりてぇ」
法被の中で骨がカラン、と乾いた音をたてて鳴る。
もう少し先か、と不思議と確信が湧いた。近付けば骨が鳴る。こちらそちらあちら、と教えられているようだと頭領は傍に抱えた頭骨に目を落とした。
「ああ、わかるよ、姉さん。気が逸るなぁ」
「あ、この辺りです」
過去の地図と今の地図を見比べていた住職が顔を上げた。
今にも崩れ去りそうな墓石がいくつも集まっていた。住職は手元の帳簿と照らし合わせながら、息子の墓を探し出し、安堵の溜め息をついた。
墓石の前に出土した骨を並べ、住職は力強く深い声で経を読み上げ始めた。
火消し達は頭領に倣うように誰からともなく両膝をつき、皆がそっと手をあわせて冥福を祈った。
雲一つない晩秋の空に雷鳴が轟き、山の奥深くで密やかに存在を誇った老木が真っ二つに割れ大地を割った。
現場の片付けを任されていた若い火消しが言うには、雷鳴は天から聞こえたようにも思えたし、地から吠えあがる断末魔のようでもあった、と。
轟音とともに、とうの昔に木としての寿命を終えていた老木は誰一人巻き込むことなく、あの日と同じく一面の鮮やかな赤に沈んだ。
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