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昔刻
湿った土の上に敷いたゴザはじっとりと尻を湿らせてゆく。それでも女は上機嫌で、空いた男の猪口に酒を注いだ。
「夜桜見物なら何度もしたが、夜に紅葉狩りなんざ俺は初めてだよ」
「なかなか乙なもんでしょう?」
「ああ、綺麗だなぁ。強いなぁ……桜も紅葉も俺なんかよりずっと強い」
強いなぁ、と繰り返し頭上に迫り出した紅葉を見上げる男の手に女はそっと自分の指を這わせた。
「そりゃ強うございましょ……杉も松も銀杏も……根を張り土を固めてお山を守って胸張って立ってるんだから」
「確かになぁ……俺がもっと強かったら……」
「そっから先は言いっこなし。この世には仕方ないことなんて幾らでもある……そう、幾らでもあるじゃない」
「すまねぇな、甲斐性なしで」
男の謝罪に接吻で応えた女は男の唇に移った紅をそっと指で拭った。
「燃える紅葉に見守られて抱かれるのも乙なものよ?」
くすくすと笑う女は悲しそうな男の首にゆっくりと腕を絡めた。しっかりと抱き合った二人は何度も接吻を繰り返し、遊びに酒を口移しし、笑いながら、泣きながら、着物を脱いでいった。
「背中、痛かねぇか?」
「んふ、痛みもなにも、全部お前さまががくれるもの。悪くないわよ?」
「こんな時にも減らず口だなぁ……団子でも食うか?」
「おくんなさいよ、お前さま」
一口大の団子を女の口にねじ込んで男は優しく女の髪を梳いた。
「後悔はありゃしませんか?」
「んー、あるとしたら……お前を抱けるのが今宵限りということかな」
んふふ、と笑う女は団子をゆっくりと噛みながら、夜風に晒された乳房を覆う男の掌の温もりに満足気に目を閉じる。
今宵限りの交わりならばなにを恥じらうことがあろうかと二人は文字通り獣となり、体力が尽きるまで欲も果てるまで絡み合ったのだった。
「さすがにもう無理だ」
「最期の仕上げはお願いよ? アタシも指一本、動きゃしませんからね!」
ケラケラ笑う女は紅葉の赤に魅入られたように視界を覆う紅葉から視線を外さず、傍にある男の手を引く。男はゆっくりと起き上がると、最後の一本の徳利にサラサラと粉薬を落とし込んだ。
「よく振って、か。……なぁ、先は地獄でも許しておくれなぁ?」
「ふふっ、お前さまがいたら地獄も極楽も……二人でこの紅葉の肥しになるのも良いと思えるんだから」
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