わたしの観察日誌

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 あの人達、また悪口を言っているわ。どうして毎日毎日同じ人の悪口を言えるのかしら。言っている事も昨日と変わらず同じ事ばかり。言うなら他のことも言えばいいのに。  もしかしたら、悪いところはそれしかないって言うこと? それって逆にすごいことじゃないのかしら?  けれど、悪口を言っている人達はそのことに気付いていないのね、なんか可哀想だわ。  別に『無愛想』でもいいと思うのよ? 誰これ構わず笑顔を向ける必要はないし、必要最低限の対応をすればいいと思うの。  え、今度は『対応が冷たい』ですって? それはそうよ。だってあなた達、他人にものを頼むときの態度がなっていないもの。やってもらって当たり前ー、みたいな顔をしていれば誰だって冷たくもなるわ。怒りたくもなるもの。  なになに。『すごい剣幕で怒ってた』ですって? そりゃあ怒ると思うわ。だって2週間もあった期日を守らなかったばかりか、相談もしないでそのまま放置していたら誰だって怒るでしょう? 自分がされても怒らないのかしら、この人達。  たしかにアノ人は笑顔は少ないし、表情もあまり変わらない印象だわ。けれど、この文句を言ってる人達はアノ人の何を知っているのかしら。  この前は目の不自由な人が道を渡れず困っていたら、すかさず声を掛けて手助けをしていたわ。その前はお財布をお店に忘れた人を追いかけて手渡していたし。  会社でも、FAX用紙を確認しては補充していたし、給湯室の掃除もしていたのよ。  あなた達は給湯室の掃除なんてしたことあるの? ないでしょう? アノ人の何を見て文句言っているのかしら。  それに、アノ人の優しさはこんなものではないのよ?  この前の日曜日、偶然隣町の公園へ遊びに行ったらアノ人がいたの。このわたしでさえすぐに気付かないほど、とても穏やかで優しい顔をしていたわ。  アノ人の右手は小さな女の子の手を握っていたの。左手は大きなバッグを持っていたわ。女の子の左側にはニコニコと優しい笑顔の女の人がいて……。  アノ人はその女の人と楽しそうに、笑顔で会話をしていたの。わたしも初めて見る表情だったわ。  きっとアノ人の大切な人達なのよ。見ていてすぐわかるもの。小さな女の子を肩に乗せて優しく笑うアノ人の姿を、悪口ばかり言うあの人達に見せてやりたい。  ——けれど、きっとそれは間違いね。  アノ人にとって、会社でどう思われていても些細なことなのかもしれないわ。大事なものは、きっと今この時なんですから。 「あー! パパー!! 鳥さんがいるよ! かわいいー」 「ほんとだ。小さくてかわいいね」  あら、ありがとう。でも可愛いより綺麗の方が嬉しいんだけど? この声も美しいでしょう? 「鳥さん歌ったよー! ピピピッだって! かわいいー!」 「そうだね。鳥さん何歌ったんだろうね」  アナタ達の事を話していたのよ? ありがとう、とても楽しい時間だったわ。  わたしはもう一度、アノ人に挨拶をして飛び立った。きっと明日には無表情なアノ人に戻ってしまうのだろうけれど。  でもわたしは知っているわ。アノ人の本当の姿は、今日のこの姿だっていうことを。
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