彼と私と

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彼と私と

「おはようございます!鮭弁当お願いします」 「……はい」  今日も目を合わすことなく、ただ淡々と……いや、中々の仏頂面で注文を受けて奥に入っていった。  朝早いこの時間帯は、いつも彼が一人で回している。  近所のおばさん達のいつかの井戸端会議で聞こえてきたのは、彼がこの店の長男で二十代だということ。  それと、こればかりは全く信じられないのが、彼がとても愛想が良いということだった。  笑顔がとってもかわいくてあたしきゅんきゅんよもー! あはははは!  そんな話が聞こえたとき、私はその輪の中にはいって、おばさんの肩を揺さぶって、嘘でしょーーーー!と叫びたくなった。  笑顔が?  かわいくて?  きゅんきゅん?    私がこの時間に買いに来るようになってから、一度も、一度たりとも、笑顔で接客なんかされた覚えがない。    真夏日だとしても朝からとっても体感をひんやり涼しくしてくれる。  お昼以降はおばさんとおじさんが、彼に変わって店に降りてきていた。  この二人は中学生のころから、私にとても優しくしてくれている。  当時からほとんど一人のような生活をしていたから、私にとっては数少ない愛すべき大人だった。    ガタガタと奥から音がしたと同時に、いい匂いと共に彼がカウンターへやって来た。 「お待たせしました。鮭弁当です」  私はお弁当用の袋を取り出して、丁寧に出来立てのお弁当を入れる。  そしてお弁当代をトレーに置いた。 「昨日も美味しかったです」 「……どうも」  そう言うと彼は冷えた空気を残して奥へと消えていった。  私もまた店を出た。 「まぁたダメだったかー」  私だってきゅんきゅんの笑顔を見てみたい。  私は今高二で、このやり取りは高一のころからだが、絶賛連戦連敗中だ。 「何でここまで私に冷たいのかな。何か知らないとこでやっちゃったか? あれか? おばちゃん達と仲良しなのが嫉妬されてるとか……?」  それにしても、一度も嫌だと思ったことがなかった。  私は今さらいろんな事を考えながら登校した。
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