最終章

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最終章

 その夜、慌てて鈴木は駆けつけた。寧々は病院には行っていない。家政婦さんの話によると、詠子さんは風呂場で倒れていたところを発見されたいうのだ。前から貧血を患っていたので、それが原因だと思われていたのだが……。倒れた原因は他にあった。精密検査をした結果、末期の直腸癌だという事が判明したのである。  しかも、リンパ節などに移転しており、余命半年と宣告されているというのだ。即、入院。それで、家族が呼ばれたのだ。  これまで、極力、詠子とは顔を会わせない様にしていたのだが、これからは、そういう訳にもいかなくなる。 「母さんの面倒を見ないといけない」    寧々に打ち明ける鈴木蓮の胸中は複雑に揺れ動いているようだった。そして、申し訳無さそうに寧々に告げたのだ。 「家政婦さんは、高齢を理由に辞めたいと言ってきたんだよ。だから、母さんの世話をする人を急遽募集したんだが、すぐには見付かりそうにない」    次の家政婦さんが見付かるまでは鈴木蓮が洗濯物などを引き受けるつもりでいる。それを聞いた寧々が言った。 「副社長は忙しいから無理です。あたしが、お母様の下着や着替えの管理をしますよ」 「いいのか? 母さんは、あんたに、あんな酷いことをしたんだぞ」 「それは、もう一人の別人格がやった所業ですよね。それに、今は、もう、そんな事をする体力もないと思いますよ」  余命半年。どうして、こうなるまでに診察を受けなかったのだろう。  夫に先立たれて、ポツンと広い家の中で暮らす孤独な日々を重ねている。 身も心も疲弊して、生きる事に嫌気がさしているのかもしれない。  詠子が入院した一週間後、寧々は、勇気を振り絞って彼女の病室を訪問したのだ。 「お久しぶりです。今日は副社長の代理で参りました……。御気分はいかがですか?」  例えようも無い緊張感を感じながら話しかけたのだが、詠子は菩薩のように穏やかだった。 「あら、またお会いしたわね。まぁ、なんて可愛らしいチューリップなの。本当にすみませんね」  紙袋の中には、一週間分の詠子の新しい下着が入っている。古いものは寧々が病院のランドリーで洗濯して届けることにする。これぐらいのことは別に何でもない。問題は、こうやって詠子と顔を合わせて何か話さなければならないことなのだ。  出来る事なら、さっさと立ち去りたい。しかし、詠子は穏やかな口調であれこれと聞いてくる。 「羽生さん、もしかして、あなた、まだ独身なの?」 「あっ、はい……」 「どうして、まだ独身なの?」  そこに嫌味や哀れみはない。結婚するのが当たり前の世代ならではの素朴な疑問を投げかけているようである。 「えっ……。あの、相手かいなくて……」 「あら、ごめんなさいね、立ち入った事を聞いちゃったわね……。許してね。悪気はないのよ。あたしは、家族に薦められてお見合い結婚したのよ。あなたもお見合いをしてみたらどうかしら。いい人を紹介するわよ」  結構ですと言おうとしたのだが、彼女はおっとりと微笑み続けている。そして、詠子が机の上にあるものを指差した。 「あのね、その封筒、うちの息子に渡して下さる?」 「あっ、はい」
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