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供述
「詳しく聞かせてもらえますか」
警部がそう言うと、男は特に抵抗することもなく取調室に入ってきた。
机を挟んで警部と男が向かい合う。
僕は記録係として隅の席でパソコンを起動させた。
「まずあなたのお名前は。年齢と住所も教えてください」
「追立博基です。26歳、住所は江東区扇橋4-21-7」
被害者宅の近くだな。
「なるほど、あなたと彼女のご関係は」
「恋人です。彼女はラビッツと言うライブハウスで地下アイドル活動をしていました」
これは既に調べがついていた。アイドル活動についてはラビッツのオーナーにも確認済みだ。
しかし小林愛里に「恋人がいる」と言う話は誰からも聞いていない。
「私はこの子のファンだったんです。でも何回か行くうちに彼女に好意を持たれたようで」
えへへと妙に幼い照れ笑いをする。
「この子は私が守らなくちゃって思ってね。
それで近頃何かと物騒でしょう。
地下アイドルってマネージャーがつかないから代わりに私がその役を買って出たんですよ。仕事でもプライベートでも出かける時はもちろん、家にいる間もずっと見守っていたんですよ、彼氏ですからね」
そのために向かいのアパートに引っ越したんですから、と笑顔を崩さない。
「でもね最初からこうじゃなかったんですよ。根からいい子なんでしょうね、私に悪いからって遠慮しちゃって。
仕方がないからライブ中に抜けて彼女のロッカーを見せてもらったんですよね」
いやぁ…あの時のライブ、最後までみたかったな。
立派なストーカー行為じゃないか…しかしこの男は終始、惚気ている調子だ。
罪の意識がないのか?
ゴホン
「なるほど。では事件当日のことを教えてください」
「あぁ、あの日は私たちが付き合い始めて1ヵ月記念だったんです。だから何かサプライズがあるんじゃないかって察して、ドアの前に立っていたんですよ」
いつもは近くまで送り届けたら自分のアパートに帰ってたんですけど。にこりと好相を崩す。
しかし両手で机を叩いたと思ったらその勢いで立ち上がった。椅子が後ろに倒れる。
「そしたらビンゴ!
僕の大好物、カレーを作ってくれていたんです!」
少年のような無邪気さが恐ろしかった。
「彼女が呼びに来てくれるまで待っていたかったんですけど、もう我慢できなくて!
逆に早めに登場するサプライズってことにしたんですよ!」
一気に捲し立てると何事もなかったように椅子を戻し、座り直しした。
「ドアは施錠されていなかったんですか?」
すると追立はぽかんと口を開けた。
「彼女が合鍵をくれたんです。恋人なんですし、それぐらい当然でしょう?」
ドアには歪みや壊れた部分がなかったので、合鍵については大家に確認していた。
調書によると「コストがかかるので入居者と大家の分しか用意がない」と記載がある。
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