スプーン

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 冬の夜は寒い。  私が物音を殺して寝室に入ると、ベッドの上で寝息を立てる彼の姿が目に映る。  彼が仰向けなのは熟睡している証拠。いつも寝入りしなは私に背を向けた横向きの姿勢を取るけれど、朝、目を覚まして隣の彼を見ればいつも仰向けになっている。無意識のくせに変に意固地なのは、彼らしくて笑ってしまう。  私は静かに掛け布団をめくって、彼の右手側から隣に滑り込む。横向きに寄り添って、天井に向けられた彼の寝顔をじっと眺めた。  一緒のベッドで眠るようになって、どれくらい経ったのだろう。  好きになってくれたのは彼の方からだと――私は勝手に思い込んでいる。彼が私に他の人と違う笑顔を向けてくれているような気がして、そうと意識しているうちに私の目にも彼が特別に見えてきてしまった。  そんなことを言っておきながら、実際は逆なんだろうとも分かっていた。  私が勝手に彼からの視線を特別なものだと受け取ったのだ。その思い込みによって私が彼に特別な目を向け、彼はただそれに応えてくれただけ。  どちらが先か、本当のところは分からない。  私も彼も、内面の話をするのは苦手なのだ。気持ちを口に出して伝えるなんて、どうしても照れくさい。  そんな私たちのお互いに対する態度は、もっと情熱的に愛を表現したがる友人たちには冷淡に見えたらしい。二人とも本当に好きだと思っているのか、なんて呆れられてばかりだった。  周りからどう見られようと、私と彼、お互い同士は理解していた。  いつのまにか自然と特別な視線を交わし合うようになって、自然と一緒にいることが増え、今こうして二人で一緒のベッドで寝起きをするのも自然のなりゆき。  私が彼のことをどう思ってるのかなんてはっきり口にしないし、彼も同じ。お互い自分からは言わず、相手に言わせようともしない。  そこにはただ、一緒にいるのが当然だっていう感覚があるだけ。  うわべの言葉で飾られていない素直な気持ちが、私には心地よかった。  少し、彼の方へ体を寄せる。起こしてしまわないようにほんの少し。  布団の中で彼の右手に指が触れて、思わず苦笑する。  冷たい手。  人の体温は眠っている間に下がると聞いたことがあるが、ベッドの中で彼に触れると納得せざるを得ない。眠っている彼の体は、外の寒さに抗うだけの熱を生み出せないらしい。  ついつい、彼の冷えた手に自分の手を重ねてしまう。  私の方が体温が高いなんて、こんな状況でなければ起こらないことだ。普段はむしろ私の方が寒がりで、彼から体温を奪ってやろうと手を取っては、冷たい冷たいと文句を言われるばかり。  今は違う。起きている私より、眠ってる彼の方が体は冷たい。だから私が熱を分けてあげないと。  こんな状況は嬉しいものだ。  彼の冷たい肌は、私の温かさをしっかり受け取ってくれる。私の体温、私の気持ち、私の存在を感じ取って、感覚は肌に染み込み、神経を伝って全身に広がっていく。眠っている彼の頭の中にも達して、夢にまで私の存在が染み出してしまうかもしれない。  眠っている彼を見つめながら体温を移しているとそんな愉快な想像が巡り、私の手をますます温めていく。そうして私の手が、彼を温めていく。  しばらくして、彼が小さく身じろぎした。  起こしてしまったかと思い、そっと手を引っ込める。  鼻からかすかな吐息の音を漏らした彼は、まぶたを閉じたまま、左側に寝がえりを打った。  こちらに向けられた背中に、私はいっそう嬉しくなる。  私も横向きのままにじり寄って、彼の背中に身を寄せる。わずかに丸まった広い背中に胸をぴったりと重ね合わせ、腕を回して彼の腹をそっと抱き寄せた。  そろいのスプーンを重ねたみたいに寄り添って寝るのが、私は一番好きだった。  手だけじゃなくて全身に、私の体温を移してあげられる。  彼の体に、心に、私のぬくもりを伝えられる。  私はここにいるんだと。  あなたを見守っていると。  私の愛を伝えられる。  それこそ、今の私に感じられる唯一の幸せなのだった。
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