オンライン告白

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 深夜帯に突入した。年末の飲み会は十二時になっても収まりは見せず、むしろこっからだーと言いたげにテンションのギアが上がる。  なんだかんだで僕も楽しめてる。ほろ酔いが進む進む。  場の流れはいつも翔太さんや茜さんが作る。その役割は僕や志摩先輩ではなく。  基本的には話を振られない限り、志摩先輩とは口を利かない。寂しいけど仕方ない。  話題は……今年の振り返り。来年以降の計画。先輩の先輩達の秘話、など。  ……こういうのもいいよな。  時には笑い、時には涙を見せたりと。翔太さんを始め、先輩達は酔いながらも、心に秘めた宝物のように語っている。  その光景というか画面を見れただけでも、本当に来てよかった。  この調子なら朝までコースかな、とほろ酔いを口に流し込む。  酔いも回ってきてるはずのに、先輩達は未だに元気だ。  そういえば『面白いこと』ってなんだったのか。特に普段と変わりないし、忘れているだけ? 別に今のままでも十分だから指摘しなくてもいっか。……と呑気に考えていたら。  翔太さんがいきなりテンションを一段階上げて、ある提案をした。 「『オンライン告白』ゲーム!!」 「ふうー!!」 「よっ!!」 「きましたー!!」  先ほどまでの穏やかな気持はどこへやら。  急激に嫌な予感ゲージが膨れ上がった。 「ちょっとした遊びだ」  ニヤケ面で翔太さんはルール説明に入った。  読んで字の如く、今この場で告白をすること。  ……どうしてだろう。不安しかない。 「直接会いづらくなったこのご時世。直はもちろんタブー、手紙も古くさい、ラインやメッセージではダサい」 「となれば、オンラインでやっちゃおーう!!」  茜さんの叫びに他の先輩たちも続く。志摩先輩以外。  ここで突っ込まずにはいられないのは、翔太さんが言ったからでしかない。 「こういうのはそのー……どうなんですか?」 「おいおい。たかだかゲームだゲーム。誰も本気にしねえよ。なあ?」  棄権します。小さく指でバツ印。  翔太さんに送った僕の意思表示はあっさり拒否された。 「それはそうですけど……」 「あー!! そうだよねー!! トーマくんにはし──」 「はいはい!! 分かりましたから!! 茜さんは水を飲みましょーねー」 「へへ。ほんとかわいーなー」  酔っ払いをなんとか黙らせる。 『面白いこと』ってこのことだったのか……なんてことを。絶対ろくなこと考えてないだろ。  ……あっ。志摩先輩はどうなんだろうか。  ちょっと行き過ぎた言動はしっかり注意してくれるはず。  志摩先輩をうかがうと、次なるほろ酔いを開けていた。 「いいわね、それ」  ダメだった。  というか、あれで何本目だ?   結構飲んでいると思うんだけど。お酒苦手じゃないのか。気にしなくなるほどほろ酔いが好きなのか。  監督役である志摩先輩の許可が降りたということは。  これ以上の反対は反って良くない。  ゲームをゲームと捉えられない、つまり本命がいると解釈されかねない。  好きバレなんて空気が地獄と化す。色恋を真面目に捉えそうな志摩先輩ならなおさらで。空気をぶっ壊しても損しかない。  動揺もダメだ。悟られれば間違いなくアウト。  まあ、必ずしも僕になるとは限らないわけだし、大丈夫なは── 「じゃあ、女性側がトーマに告るっつうことで」 「はああ!? なんでですか!?」  バカ野郎!! イタズラ好きの翔太さんが僕にしないわけがない!!   深夜に迷惑な音量となってしまったが、気にしてられるもんか。  一歩でもしくじれば、確実に僕は志摩先輩と話すこともできなくなる。死んでも嫌だ。 「異性同士にするなら翔太さんにしましょうよ!!」 「俺、彼女いるし」 「知ってますけど」 「トーマ、彼女いないし」 「……知ってますけど。って煽りですか?」 「彼女いないトーマで別に問題ないだろ? 俺の彼女さ、嫉妬深いからよ。少しでも鼻の下伸ばしたら怒られちゃうわけ」  なあ? 茜、と確認を取る。  翔太さんの彼女は茜さんの知り合いと聞いている。 「いーちゃんはどっちかっていうとドライ──」 「バカ!! 酔っ払い!! 話合わせろ!!」 「あっ!! そうそう怒ったら怖いんだぞー!! いーちゃん」  百パーセント今ドライって言いましたよね?   話し合わせろって、グルなのは分かってたけど最低限隠そうとはしましょうよ。 「というわけで、トーマ頼む」  ……流れ的にもう逆らえない。やるしかないか。 「……分かりました。どなたからですか?」  姫の城を守護する騎士の如く。むしろ来いやという態度を表明する。  かなりの動揺をしてしまったし、平静になれ。どうってことないと示さなければ。  志摩先輩以外の人に動揺しても良いことなんてない。好きな相手に好きな人を誤解されるとか、難易度が跳ね上がるだけだ。  志摩先輩だろうとそれ以外の人だろうと、乱心は認められない。  圧倒的に不利すぎるにしても、もう後戻りはできない。 「じゃあ、私から。いっきまーす!!」  深呼吸を挟みつつ、ちらりと志摩先輩をうかがう──あれ? 先輩がいない。ミュートしてカメラオフにしてる。  ミュートでカメラオフでも通話を見聞きできるので問題はない。  けど、問題は断り一つもないこと。志摩先輩の人柄的に無言で居なくならないから。  志摩先輩に向いていた意識は、魅惑的な声と部位に引き寄せられた。 「ねえー。トーマくーん。私といいこと……しよ?」 「あ、その……」 「はーい。終了!! 冗談なのに、かわいい反応するんだねー」  はっ。しまった!! つい胸部へと目線が!!   肉食系の先輩にからかわれてしまった。しかも最悪なことにめちゃくちゃきょどってた。……くそッ!! 酔ってなければ!!   あ、いや、でも志摩先輩はトイレで席を外していた可能性も──ダンッ!!  「ひぃ──ッ!?」 「……」  いきなり画面へと現れた志摩先輩。  ふざけんなと言わんばかりにほろ酔いを机に叩きつける、だけでは飽き足らず僕をギロリと睨みつけた。  あ、あの……と声をかけようとして、志摩先輩はまたしても画面を黒へと変える。  えー……今のどういうこと……。  翔太さんに答えを求めるも、ニヤケ面しか返してくれなかった。  それからも僕が告白を受け続けた。その度に志摩先輩が姿を消す。  また僕が挙動不審で応答した際は、志摩先輩のほろ酔いが消費されていく。……ほんとに訳が分からない。  ついにと言えばいいかやっとと言うべきか。志摩先輩以外が僕へと告白し終わった。  ……ってことは僕は志摩先輩から告白されるのか!?  嘘だろうとゲームだろうとなんだっていい。好きな人から告白されることに意味があるんだ。  逸る気持ちが顔に出ないように待機していると、席を外しますと志摩先輩の画面が暗転した。 「トーマよ。残るは志摩だけになったわけだが。感想は?」 「えっと、ドキドキしてます。嘘でもゲームでも嬉しいものは嬉しいので」 「そうかそうか。興奮しているところで悪いが……このままでいいのか? 中志田透真」  唐突なフルネームに背筋が瞬時に伸びる。 「嘘だったとしても相手からのアプローチ待ちか?」 「そ、それは……」 「志摩に見合うように頑張ってきたんだろ? それなのに、なにも思わないのか? 中志田透真」  射抜かんと僕を睨む翔太さん、うへーとお酒をラッパ飲みする茜さん、暖かく見つめてくる他の先輩達。  茜さんはおいといて、先輩達はこのために今日を費やしてくれたんだろう。  なにしてくれてんだ、と怒る気にもなれないじゃないか。こんなにいい先輩達と飲み会ができているんだから。  八割ほど残っていたほろ酔いを一気に飲み干す。 「僕、言います!!」 「よく言った!!男らしさを見せて意識させちまえ!!」 「ふうー!! 男前ー!!」 「がんばりなさいよー!!」 「ねえねえ焼酎あるー?」  先輩達からの激励をもらい、戦闘準備は整った。 「成功すれば苗字じゃなくて『透真くん』とかって呼ばれたりしてな?」 「是非呼ばれたいです!!」  なんだよそれ。甘美な響きじゃないか。  成功の暁には『透真くん』で、失敗したら……『中志田くん』のまま。成功すればどれほど幸せなことか。 「安心しろ。もし失敗したらしたで、冗談だーってな感じで誤魔化してやるよ。てかそのためのゲームって言い訳だし」 「……あ、ありがとうございます!! 翔太さん!!」  アフターフォローまでしてくれるとは……翔太さんに出会えてよかったです!! 一生ついていきます!!   よし、志摩先輩に言ってやるぞー!! と叫ぼうとして心に留めておいた。志摩先輩が帰還した。 「今戻りました」  とにかく言おう。  時間が経てば経つほど決意が鈍ってしまうし、志摩先輩が途中退出してしまうかもしれない。  先輩達のエールも貰った……今だ!! 今しかない!!  「志摩先輩。今度は僕が言う番になりましたから。先輩は言わなくていいですよ」 「……そう…………誰に言うのかしら。茜? それとも胸をガン見していた亜美さんかしら?」  なぜかぶすっとした志摩先輩は腕を組んだ。  その反応は気がかりだが、今はいい。思いを伝えることの方が大切だ。  頑張れ!! 勇気を出せ!!   近所迷惑にならないように静かに立ち上がる。 「いえ……志摩先輩です」 「えっ…………」  机のパソコン。少し離れた所に立つ僕にははっきり見えている。  視線を画面に戻した志摩先輩は複雑な表情を浮かべていた。  それは良い意味か、悪い意味なのか。  正直怖い。やめたい。今の関係でも、と保守的な考えが溢れ出す。  今さらながら、足が震えてくるのも笑えてくる……いや、ダメだ。ここで引いてしまう方が笑いものだ。  さあ!! 言え!!  「僕は志摩先輩のこ──」 「──お断りよ」
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