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氷の魔女は戦いの果てに霧のように消えてしまった。ついに勝利を収めたのだと、一足先に王城へ辿り着いた伝令は興奮した口ぶりで報告した。
代償として多数の死傷者が出したが、聖剣士アルベルトは無事であるという事も。
しかし凱旋してきた勇者達を見た瞬間、私は違和感に襲われた。
アルベルトはまるで小さな子どもみたいに、後ろに乗った従者に抱えられるようにして馬に揺られていた。
常在戦場を貫き、眠っている時以外は鎧に身を包んでいるはずの彼が珍しく平服姿で、きょろきょろと不思議そうに視線を彷徨わせている。
「アルっ!」
私は思わず飛び出し、アルベルトの下へと駆け寄った。
行進を止めた兵団が、一斉に敬礼の姿勢をとる。アルベルトはというと、従者の手を借りながらのそのそと馬から降りた。
――やっぱりおかしい。
「アル、一体どうしたの?」
両手でアルベルトの顔を挟み、目の奥に浮かぶ光を探す。しかし彼はきょとんとした顔で、瞬きを繰り返した。
「……アルベルトじゃない? あなた……誰?」
「僕はアルベルトだよ。アルベルト・スペンサー。お姉さんこそ誰? もしかして……お姫様? 僕、もしかしてお姫様と知り合いなの?」
無邪気過ぎる笑顔に、背筋を冷たい物で撫でられたような悪寒が走る。
はっとして見れば、周囲にいた兵士達は皆、揃って沈痛な面持ちで俯いていた。
「聖剣士様は、魔女との戦いで……」
そのうちの一人が、ぼそりと呻くように漏らす。
聖剣士アルベルトは、これまでの一切の記憶を失ってしまっていた。
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