四月一日目【転校生】

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 場所は変わって講堂。  広い講堂の中には新入生を含む大人数の生徒がいた。見渡す限りの男、男、男。ここは男子校だから当たり前なのだろうが、ここまでくるとむさ苦しい。 「齋籐が通ってた学校って、共学だったの?」  隣の椅子に腰を下ろしていた志摩。前の学校の話はあまりしたくないのが本音だ。「まあ」とだけ濁して答えるが、志摩は興味津々のようだ。 「ふーん。じゃあ、やっぱ彼女とかいたんだ?」 「え?」 「モテるでしょ、齋藤。女子に好かれそうな顔してる。俺的に」 「そんな……全然だよ、そんなの」 「へえ、そうなの? だとしたら前の学校の人たち見る目なさすぎでしょ、俺が女の子だったら一目惚れしてるよ」 「え、あ……ありがとう……?」  なんだろうか、なんとなく、志摩の視線が居心地悪かった。男同士の友達がどういったものなのか分からないからか、なんとなく距離感が近い志摩に戸惑うのだ。それでも、お世辞だとしても褒められて悪い気はしない。  そんなときだ、不意に講堂の空気が変わったことに気付く。先程までざわついていた講堂内が水を打ったように静まり返った。気付けばステージの上に数人の姿があった。 「出た、生徒会の奴らだ」  生徒会。この学園の生徒会と言うだけで全員模範生徒みたいなものをイメージしていたが、現れた生徒会役員たちは大分俺のイメージから外れていた。  まず、スキンヘッドの大男。遠目から見ても分かるくらい背丈は高く、ガタイもいい。顎には髭を蓄えていてるのもあって、制服を着ていなければ高校生だと思えないくらいの威圧感を放っていた。  それから、その隣。ゆるくカーディガンを羽織ったその男子生徒はスキンヘッドの生徒に何か耳打ちをしては楽しげに笑っていた。その耳には痛々しいくらいのピアスが刺さっていて、耳だけではない、その腕や指にもシルバーアクセサリーがぶら下がっている。  更にその隣には制服を着崩し、眠たそうに目を擦りながら何やらマイクの位置を調整してる生徒。ゆるくパーマがかった黒髪は明らかに校則違反ではないだろうか。  そして最後はステージの一番端、四人の中では一番俺の『模範的生徒』というイメージに近い地味な男子生徒だ。能面のように無表情を貼り付けたその生徒は機材を確認しているようだ。 「……なんか……」 「バラバラでしょ、タイプ」 「おまけに人相悪いのばっかり」と笑う志摩に俺は言葉に迷いながらも頷き返す。確実に四人の内の三人は優等生にはみえない。 「まあ、所詮寄せ集めだしね」  冷ややかな志摩の言葉とは裏腹に、生徒会が現れた途端私語をする生徒がいなくなったのも事実だった。俺はなんとなく違和感のようなものを覚えた。……いや、興味が沸いたと言ったほうが適切なのだろう、この場合は。  四人の生徒会役員のその中央、道を開けるようにしてマイクスタンドが置かれていた。 「出たよ、会長様だ」  そう、冷やかすような志摩の言葉とともに確かにステージの隅から一人の生徒が現れた。  染めたような真っ黒な黒髪に、温度を感じさせない冷たい目。シルバーフレームの眼鏡を掛けた男子生徒は1人静まり返った講堂内を悠然と歩き、中央、マイクスタンドの前に立つ。  瞬間。 「うおー! 会長ー!! かっこいいー!!」  どこからともなく飛んでくる野次に傍観者である俺の方が驚きそうになる。しかし、生徒会長らしきその眼鏡の生徒は眉一つ動かすことなくマイクを手に取った。 「これより始業式を始めさせていただきます。進行は生徒会役員」  何事もなかったかのように始まる始業式。  先程野次飛ばした生徒は数人の教師に引っ張られ、講堂から引き摺り出されているようだった。 「……生徒会長って、人気あるんだね」 「まあ、顔が良いからね」  人望的な意味合いで口にしたつもりなのだが予想だにしなかった返答に「顔?」と目を丸くすれば志摩は笑う。 「ほら、よくある話じゃない?男子校だとさ、男ばっかに囲まれてるせいで恋愛対象が男になっちゃう話」  俺には理解出来ないけどね、と笑う志摩。先程の黄色い(むしろ茶色い)声を思いだし、ゾッと背筋が寒くなるのを覚えた。  それにしても、そんなあからさまな生徒の声を受け流して始業式を続ける会長の神経の図太さが少し羨ましく思ったり思えなかったり。途中、奇声を上げる生徒が出たりとあったが、生徒会の手際の良さのお陰か始業式はスムーズに行われる。 「……五、生徒会長から一言。芳川(よしかわ)芳川会長はお願いします」  途中から眠たそうな生徒の進行に変わり、いまにも眠りそうなくらい覇気の無い声にこちらまで眠りそうになっていた矢先のことだった。  再び、講堂内部に奇妙な沈黙が流れた。威圧にも似た空気感はうっかり声を上げてしまうことすら躊躇わされそうになる。  そんな中、堂々とした態度で再びステージ中央へと戻ってきた芳川会長はマイクを手にした。  瞬間、周囲、いや、生徒会役員たちの周囲にも緊張が流れるのを肌で感じた。 「今日から、新しい学期が始まります。季節の変わり目でもありますので、皆さん体調を崩さないよう気をつけてください」  それはなんでもない、他愛のない簡素な挨拶だった。 「以上」と、会長の話が終わった途端、講堂内部にたくさんの拍手が響き渡る。特に大したことを言っているようには思えなかったが、真面目な生徒が多いということだろうか。  周りに合わせて手を叩いていると、隣の志摩は拍手どころか指一本動かそうとすらしていないことに気がついた。ステージの上の会長を見ている時も、ずっと、志摩はどこか冷めた目をしてる。 「……志摩?」 「ん? どうしたの? 齋藤」    俺が声を掛けると、志摩は先程までと変わらない人良さそうな笑みを浮かべた。  もしかしたら俺の考えすぎなのかもしれない。そもそも、始業式なんてもの面倒臭いと考える生徒が一般的なのかもしれないし。  なんて、「いや、なんでもない」と視線をステージへと逸らした時だ。一瞬、ステージの上の芳川会長と目があったような気がした。……いや、そんなはずがない。ただこちらに目が向いただけだ。自分を見ていただなんて自意識過剰も甚だしい。  そして、何事もなかったかのようにステージの脇へと引っ込む会長から目を逸らした。進行役は無表情な男子生徒と代わり、先ほどの生徒に比べてハキハキとした話し方だったが高揚がないそこ声に余計眠くなりながらも淡々と始業式は進んでいった。
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