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「今日から皆のお友達になる齋籐佑樹君だ。皆仲良くな!」
そう言って、担任教師に肩を叩かれた。顔を上げればそこにはこちらを見る無数の目。頑張らなければ、そう決意したのが一時間前弱。早速俺の意思は砕けそうになっていた。
国内の男子高の中でも屈指の金持ち校と名高い『矢追ヵ丘学園』はその噂通り本当に必要なのかと思うところまで外装内装はもちろんその設備までもが揃っていた。ずっと都心から離れた公立の小・中学校に通っていた俺にとって、本当に女子もいないだとか黒板がホワイトボードになってるだとか何もかもがカルチャーショックで、正直、今朝繰り返していた自己紹介のシミュレート内容すら思い出せなくなっていたほどだ。
静まり返った教室の中、突き刺さる視線が恐ろしく俺はまともに声を出せなかった。
「齋籐」と促され、そこでようやくハッとする。
「さ、齋籐佑樹です。 よ、よっよろしくっ……お願いします」
反応すら返ってこない教室内に、俺の裏返った声が虚しく響く。唯一担任が「よろしくな!」とバシバシと俺の背中を叩いてくれたのが救いかもしれない。
「じゃあ佑樹の席は、亮太の隣だな」と担任は後列の窓際の席を指差す。確かにそこには空いた席があった。はい、と頷き、俺はクラスメイトたちの視線から逃げるように空いたその席へ向かった。それにしても、後列でよかった。後ろからものが飛んでくることもいきなり後頭部を殴られることも椅子を引かれることもない。空いた席、その椅子に腰をかけた時、トントンと机を叩かれる。顔を上げれば、亮太と呼ばれていた生徒はにこりと笑う。
「俺は志摩亮太。よろしくね」
長めの焦げ茶髪。どことなく軽そうな印象を与える生徒だが、好意的なその態度がただ嬉しかった。「よろしく」と笑い返すが、上手くできたかはわからない。でもよかった、いい人そうだ。
「じゃあ出席とるぞー」
教室に響く担任の点呼。聞き慣れない名前が飛び交う教室の中、不意に担任は首を傾げる。
「ん? 阿佐美、阿佐美はいないのか?」どうやら、生徒が一人無断欠席しているようだ。確かに前列に目を向ければ確かに一つ空いた席がある。けれどだれも何も言わない、数人が小声で何かを話してる。多分、またかよ、とかそう言う感じの口ぶりだ。担任はやれやれといった様子で点呼を再開させた。
それから、ホームルームは数十分も経たないうちに終わった。
そして、どうやらこれから講堂で始業式が行われるようだ。
始業式。今までならばその単語に億劫な思いしか浮かばなかった。けれど、今は。
「齋藤、場所分かる?」
ぞろぞろと立ち上がるクラスメイト達に遅れを取らないよう慌てて立ち上がろうとした時、志摩に声を掛けられた。首を横に振れば「だろうね」と志摩は笑う。
「なら、一緒に行こうよ。俺、案内するからさ」
俺のことを気にして声を掛けてくれる人間がいる。そのことがただ嬉しくて、俺は勢い良く「ありがとう」と頷いた。そうだ、今までとは違うんだ。志摩と他愛のないことを話しながら講堂へ向かう足は不思議と軽かった。
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