失踪<居候の始まり>

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失踪<居候の始まり>

1月20日(水) 朝は、カフェで優雅に過ごせた。周りの人達は、朝の出勤前だろうか。ゆっくり食べているようで、どこか焦りを感じる。時間に縛られている。 昨日、居候の許可をくれた人、ここではAさんと呼ぼう。Aさんの住んでいる所まで、また新幹線に乗ることとなる。この世情のお陰か、当日購入でも席はがら空きだった。病院の時と対比できた。今、私は私として、思うがままに生きている。自分自身でこの席を選び、そして座っている。当初の計画にはなかった事だったため、あたふたしつつも途中、お土産を買い、到着する事ができた。Aさんは、駅に車で迎えに来てくれた。車に乗り、軽い挨拶を済ませたら、なぜ受け入れてくれたのか聞いてみた。逆の立場なら、こんなにも訳のわからない行動をしている人を受け入れようとは到底思えないからだ。昨日、私の話を聞いた後、Aさんの親友にその話をしてみたらしい。すると、親友は面白がって、「こっちに来てもらいなよ」と言ったそうで、その発言に乗り、受け入れてくれたようだ。まだまだ聞きたい事はあるし、向こうもそれは同じだ。前に連絡先を交換した後、お互いの事についてある程度は話していたが、会ってしまえば遠慮せずさらに踏み込んで聞けた。例えば、Aさんの家庭状況としては、子供が二人、シングルマザーで数年前に離婚していた。子供は、私が来ることを許してくれたのか聞いたところ、快諾してくれたそうだ。家に着くと子供達に挨拶をした。二人とも恥ずかしがりで、うなずいたり、微笑んだりが多いが、まだ小さくとても可愛げのある子供達だ。友達の家に来た時とは全く違う感覚。知らない街、初めて会う人達、そして、いつまでになるか分からないが、今日から私はここで居候として暮らす。Aさんの家庭では、現代的なのか、特殊なのか、家族全員がそれぞれゲームをする光景が印象的だった。居候生活初日は、この家の観察を楽しみながら過ごした。 1月21日(木) 居候生活2日目。Aさんは仕事へ行き、子供達は学校へ行ったため、私は一人朝を過ごしていた。合鍵を渡してくれていたので、散歩に出かける事にした。この家は、海からかなり近く、窓をあければ柔らかな風と共に、潮の香りが部屋へと入ってくる。海に行こう。スマホの位置情報を切っているため、地図アプリのナビは使えない。地図を見ながら道を確かめ、家を出た。自分が通った辺りだけかもしれないが、近辺は横断歩道が少なく、道路を横切るのが少し怖かった。海は広く、透明度も高くて、美しかった。タバコに火を着け、しばらく眺めていると何だか自分の過去が消えていくような感じがして気持ちがよかった。家でのご飯は、その辺りの郷土料理が出てきて、食べたことのないものがおいしかったり、そうでなかったり、少しだけ食を楽しむこともできた。 1月22日(金) 三日目になるとお礼はどうしようかと考え始めた。今のところ来週中には、ここを発つ予定でいる。 Aさんの仕事が早く終わったため、近くの観光スポットへと向かった。そこは海に面した埠頭で、デートスポットやインスタ映えスポットになるような不思議なオブジェクトがあった。こんな生活がいつまで出来るのだろうかという不安と、こんな生き方も出来るのかという発見の楽しさとが入り交じっていた。 1月23日(土) Aさんの親友が、私の行動に興味深々だったため、Aさんとその親友と私の3人で近くの街へと出掛けた。自分のいた土地とはかけ離れた方言で話すため少し圧倒されていた。3人ともそれぞれ世代が全く異なり、世代共通でできる話題といえばやはり恋バナだ。とはいえ、私は自分の恋をあまり人に話したくない人間なので、2人を話を聞くのに徹していた。その後3人でショッピングや、私の旅の話を聞かれたり、観光地を巡ったりした。少しずつこの土地にも慣れてきて、愛着が湧いて、離れるときに寂しくなるだろうなと思った。 1月24日(日) この周辺では、ある工芸品が名産物の様で、そのもの作り体験ができる施設が近くにあったので、そこに行く事にした。前日から計画し、子供達と一緒に4人で予定だったが、気分屋らしく当日になると家にいると言ったため、Aさんが職場の同僚とその彼氏を誘い、その4人で行く事になった。名前だけ聞いたことのあったその工芸品は、実物を見るとますます興味を惹かれた。美しく繊細で、いともたやすく壊れそうで、だからこそ価値があるのだろうと思った。体験を楽しんで、郷土料理の店で食べながら、みんなの話を聞いた。 1月25日(月) 給料日で給料が入っているのを確認できたため、近いうちに地元へ帰る予定とした。しかし新幹線の出る駅までが遠く、車もなく、その他交通機関はかなり不便で、Aさんに送ってもらう必要があるためAさんと予定を合わせた。水曜日に時間があり、その時に送れると言ってくれたので、水曜日に帰る予定とした。 苦しい事がない人なんていない。みんなそう。 みんなそうという事実に心を慰める作用が少しでもあれば、ここまで孤独は感じないのに。
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