01 - What only you can do.

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「ヴォリア少尉って、今の旅団に配属されてからどのくらいですか? 確か前は103旅団にいたって聞きましたけど」  射撃場を出て、101旅団の執務室に向かいながら少し話をする。  今日は今のところ特に任務も入っておらず、各自訓練や事務作業を進める予定である。デスクに積まれた書類の山を思い出して、少し憂鬱になった。 「もう三年近くなるな。ちょうど、レイラ中佐が旅団長になったころだよ」  あのころはまだソビエトとの小競り合いが中断になったばかりだったし、入れ替わりも今より激しかったんだ。そう言って、彼は自動ドアを通り抜ける。耳に喧騒が飛び込んできた。  俺なんて、軍曹になって半年もしないうちに移動になったから、103にいたのなんて一瞬だよ。彼は半歩後ろを歩いていた僕を少し振り返って肩をすくめた。 「だから、実践のほとんどは中佐に教わったんだ。あの人について行けなくて大変だった。最初はみんなそうだよ」  エレベーターの前で立ち止まる。最初は苦手だったこの建物内の雰囲気も、ここ数週間で少しは慣れてきた。それに、知り合いが一緒だと心強い。 「キリルはよくやってる方だよ。中佐はバケモンだから、求めるレベルが高すぎるんだよなあ。最初からあの人の指示通りに動けてるんだから、やっぱり優等生は違うな」 「僕、そんなことないです。先輩たちについていくので精一杯だし、機転もきかないし」 「優等生って言われるのは、嫌い?」  ちらりと横目で僕の顔を見て、彼はそう言った。僕の一瞬の表情の変化を見ていたらしい。  エレベーターが到着して、開いたドアの中から人があふれ出した。空になった箱の中に、また大勢の人が入る。僕は壁際まで押し込められて、少尉と並んで体積を小さくした。  エレベーターに入ると人は黙る。それが、軍のように機密事項の塊みたいなところでは尚更だ。その一方で、人から漏れ出す気配のようなものは、密室の中で一層騒がしく主張するように感じるのは僕だけだろうか。  隣に立っている若い男からは焦りが、出口に近いところに立った壮年の男からはいら立ちが、その後ろに立った女性からは恐れが噴き出している。  しかしその騒がしい気配は二階につくと一気に吐き出されて、三階へ向かう箱の中には正真正銘の静寂が満ちるのだ。それは、建物内の部屋割りと深い関係があると僕は思う。  僕はまだ、二階で吐き出される人間だ。 「俺達には魔法がある。俺と同じ魔法を、俺と同じ使い方ができるのは他にはいない。それは自分の価値だと言っていいと、俺は思うよ」  執務室の扉を開ける前に、彼は呟いた。  僕はまだ、頷くことしかできなかった。
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