Prolog - I want to hold your hand.

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 三年前に政府が正式に「魔法」の存在を認めてから、この国では急速に魔法への適応が進んでいる。  事の発端は今も空に浮かんでいる二つめの太陽だった。それはある日突然上空に現れて、あろうことか本物の太陽とは違う周期で地球の周りをぐるぐると回りはじめたのだ。  当然世界は大騒ぎ。しかし、急速に地球温暖化が進み人類は滅亡して植物は死に絶える──なんてことにはならず、物理現象的にはほとんど何も変わらなかった。  各国の専門家たちが総力を挙げて原因追及に乗り出してから数か月、ニホンに住む一人の赤ん坊にたどり着いた。名前はウミ。当時一歳にも満たなかった彼が、なんと母親の胎から生まれた瞬間にあの二つめの太陽をつくり出したのだという。  さらに調べを進めると、二つめの太陽は彼の持つ不思議な力で作られた一種の幻覚のようなものだと分かった。  彼が能力をしっかり操れるようになるまで、しばらく太陽は二つのままらしい。今では“Umi’s second Sun”という意味で“us(アス)”なんて呼ばれている。  ちなみにウミというのはジャパニーズでoceanの意味だそうだ。海がつくった太陽。なんだかおもしろい。  そんなこんなで、彼のつくったusが、この世にひそかにあった不思議な力の存在を浮き彫りにしたのである。  国連はその力を「魔法」と名付け、各国は魔法の存在への適応を急ぐことになった。国連加盟国には魔法の適性を持つ人々に何らかの魔法教育を受けさせることが義務づけられ、世界中で魔法の研究及び教育機関の設立が進められた。  この国では世界的に見ても魔法に対する適応が速いスピードで進んでいる。既に「青少年の魔法教育における基本法」によってガイドラインが定められているほどだ。  魔法の適性を認められた者は魔法大学で特別訓練を受けること。ハイスクールを卒業した後は例外なく魔法大学に進学すること。魔法の適性を認められた者は、必要に応じて国から生活費及び学費の援助を受けることができる──要約するとこんな感じである。  この法律に従って、私と後ろの席のアーシャは既に魔法大学への進学が決まっていた。 「あ~あ、何もしなくても大学受かるって、わかってたらこんな進学校に来なかったのに」  放課後、二人きりの教室で小さく不満を漏らす。  私たちがミドルスクールを卒業する前はまだ法律が整う前で、私は以前から進学しようと思っていたこの地域でも有数の進学校を受験した。そうして受かって入学して、さあ次は大学受験だぞ、という矢先に魔法教育基本法の成立である。まあ、特にやりたいこともなかったからいいのだけど。  案の定次の年からはウィザード(魔法が使える人のこと。そのまんまである)は入学してこなくて、現在ここには私とアーシャの二人しかいない。 「私は嬉しいわよ。ここに来ていなかったら、レイラと出会っていなかったかもしれないもの」  私の愚痴を聞いていたアーシャは、ふわふわした笑みを浮かべて小首をかしげた。  彼女はハイスクールに入ってから出会った親友で、魔法で風を操ることができる。進学校のここでも魔法大学での特別訓練でもいつも成績は上位に入っていて、将来有望なウィザードの一人である。  ここでのたった一人の同族であることを除いても、私にはもったいないほどいい友達であることは確実だ。 「でも、気持ちは分かるわ。急に何もかも勝手に決められちゃったんだもの」  こっちからしたらたまったもんじゃないわよね、と彼女は小さくつぶやいた。私はなんだか少し悲しい気持ちになってしまって、眉を下げて彼女のアンバーの瞳を見つめる。  アーシャは私が少し落ち込んでいることに気がつくと、伏せていた瞳をパッとあげてにこりと可愛い笑みを作った。 「さ、もう行かないと。訓練に遅れたら教官に叱られちゃうわ」  うん、とうなずいて席を立つ。  今日の担当教官はここ数年ですっかり苦手になってしまった鬼教官だったことを思い出して、私はさっきとは違う理由で落ち込んだ。
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