Prolog - I want to hold your hand.

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「アーシャ、魔法の発動速度は前回より速くなってたけど、威力にムラがあった。周囲に均一に風を起こせるようになるには、まだかかりそうだね」 「そうね。速度と威力に意識を置くと、どうしてもコントロールが疎かになるわ。こればっかりは反復練習しかないかしら」  いつものように二人で訓練内容を振り返っていると、ベンチの横に立ったままだったハイバが真剣な顔で顎髭を撫でつける。  彼はそのニヤニヤ笑いを消すと、けっこう整った顔立ちなのだ。ジャパニーズの血が半分入っているらしく、アジア風のエキゾチックな美貌が鋭く光る。  助言でももらえるのかと思って見上げてみるが、彼はしばらく口を開かずに何か考え込んでいる様子だった。 「……魔法の発動速度と威力、持続時間を測定する訓練に、大規模作戦における指揮訓練、か。お上の考えることはそればっかりだな」 「どういうことです?」  ハイバの、ともすれば独り言のようにも聞こえる小さなつぶやきに私が反応すると、彼は本当に口に出すつもりはなかったようで、苦い顔をして誤魔化すように口元を隠した。眉間に皺をよせ、目をそらす。 「あ~、いや、なんでも…………子供が気にすることじゃねぇよ」  じと、と黒くて細い瞳を見つめるが、彼は目を閉じて髪をガシガシと掻き回すだけだった。 「魔法の軍事利用、ですよね」  今まで静かだった反対隣りからの声に、私は驚いて振り返った。ハイバは閉じていた瞳をカッと見開いてアーシャを見たが、すぐに諦めたような顔をして目を伏せる。  そうか、お前はもう気付いてたか、と彼が言うと、アーシャは私以外にも勘のいい人は数人気付いてますよ、と返した。 「政府は若いウィザードを軍人として育てて、魔法を戦争に使おうとしているということよ」 「え、でも、そんなこと」  国連で、ダメって、決まってるんじゃないの。戸惑って口にした言葉は、力なく尻すぼみになってしまう。血の気がサッと引いていくのが分かった。  戦争だなんて、そんなの、考えたこともなかった。 「魔法軍隊が完成したら、国連くらい敵に回しても問題ないと考えているんだろうよ。それだけ魔法が強力だってことだ」  同じようなこと考えてる国は意外と多いと思うぜ、と言って、ハイバは再び難しい顔をした。どうやら開き直って授業してくれる気になったらしい。  彼が言うには、ニホンなどの平和主義国家は魔法と科学を融合させた技術開発を主に進めているそうだが、その技術だって他国に渡ったら何に使われるか分からないらしい。  歴史的に見ても科学技術と戦争には切っても切れない繋がりがあり、魔法の場合でも同じことが起きるだろうと彼は言った。 「俺は怖ぇよ。このままだと、また大きな戦争が起きる」  重苦しい沈黙が立ち込めた。  私はアーシャが、私自身が戦場に立って敵国の兵士と対峙している光景を想像する。  アーシャの風魔法が敵国の兵士をなぎ倒し、敵国のウィザードが放った魔法で私の隣にいた兵士がフッ飛んだ。魔法が飛び交い、血が飛び散り、人の命が消えていく。 「レイラ」  アーシャが私の手を握った。  びくっとして引っ込みそうになった手を、彼女は存外力強く引き留める。血の気が引いて冷たくなった手に、彼女の手のひらからあたたかい体温がしみ込んだ。 「レイラ。きっと、何があっても、死なないでね」  私をおいていかないでね、と、少女は消え入りそうな声でささやいた。  私はアーシャの肩に頭をあずけて、そっと目を閉じた。彼女のふわふわの髪が頬に気持ちよかった。  きっと。  きっと、何があっても、この手をはなさない。  二人の少女は寄り添いあって、しばらくそのまま体温を分けあった。傍らで見ていた男は、二人を守るように静かにそこに立ち続けた。  窓の外には、二つの太陽が浮かんでいた。
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