Prolog - I want to hold your hand.

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 綺麗に磨きあげられた床に響くのは、二つの足音。コツコツと重厚な音を立てて歩くのは、二人の女。  一人はゆるくカーブした茶髪のロングヘアをなびかせ、もう一人は銀色の髪を短くショートカットに整えている。控えめな装飾のついた揃いの黒い服を着た彼女らは、廊下を突き当たりまで歩くと一つの扉の前で立ち止まった。 「入れ」  ノックをする前に部屋の中から声がかかる。二人は一瞬だけちらりと視線を合わせると、重い扉を押し開けて中に入った。  部屋には一人の男が待っていた。  両脇を資料の詰まった棚が囲むシックな雰囲気の部屋の中で、奥に置かれた執務机に男が座っていた。  高そうな椅子を後ろに向けて窓の方を向いて座っているため、二人には男の顔が見えない。しかし、そこに座っているのが自分たちのよく知る人物であることを、彼女らは分かっていた。 「……本当に、それで良かったのか」  男は尚も二人に背を向けたまま問いかける。  窓の外は白い。空は薄灰色の雲におおわれ、街にもうっすらと霧が発生しているからだ。 「あなたこそ本当に良かったのですか、ミスター……いえ、ハイバ大佐」  茶髪の女は質問に質問で返す。  男はつい先日前職を退いて大佐の階級を得たばかりである。彼が以前、自分の仕事に誇りを持っていたことを知っているため、女の質問にはその意を問いただす意図があった。  しかし、男は依然として窓の外を睨みつけたまま、質問に答えようとはしなかった。室内には薄灰色の沈黙がただよった。 「……私たちに、選択肢はなかったでしょう」  沈黙を破ったのは、今までずっと黙っていた銀髪の女の方だった。ともすれば聴き逃してしまいそうなほど静かな声だったが、音のない部屋の中でその返答はしっかりと男の耳に届いた。  男は諦めたように深い溜息をつく。くるりと椅子ごと回転してようやく二人に向き直った彼は、整った顔に表情をのせずにただまっすぐ前を見つめた。黄色人種の雰囲気をまとった肌の上、眉間に刻まれた皺が深く影をおとした。 「アナスタシア・ウィリアムズ、ヴァレーリヤ・スミス両名を士官候補生とし、トリメチル国軍独立魔法師団歩兵部隊に配属を命じる。ウィリアムズは103旅団、スミスは101旅団の所属だ」  男は座ったまま、机の上をトンと指さした。白い紙が二枚。二人の女はそれぞれ紙を手に取り、内容を確認する。 「これで今日からお前らは国家の犬だ。忠誠を誓い、決して裏切らず、身を盾にして国に尽くせ」  雲の割れめから太陽が顔を出す。  作りものの太陽はしかし本物に負けないくらい強く光を放ち、窓を通して部屋まで白く照らした。いつのまにか霧もひいている。窓から差し込んだ光は、逆光で男の顔を黒く浮かびあがらせた。 「Sir, yes sir.」  ガツ、と革靴を打ち鳴らす音が、ひとつ響いた。
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