01 - What only you can do.

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 トリメチル国首都、オレフィン。郊外には近代的な高層ビルが立ち並ぶニュータウンが広がるが、街の中心部には古めかしいレンガ造りの建物がいくつも残っている。  そんな伝統と改革が共存した街のど真ん中に、トリメチル国軍中央司令部は立地している。  高さ的には三階分しかない比較的低めの建造物ではあるものの、大胆に広がる横幅と赤茶色のレンガが重厚な迫力を醸し出している。  開け放たれた門をくぐり、受付を素通りして自動ドアの前に立つと、顔認証センサーが反応してピピッと音を立てた。ほどなくして開いたドアの先からは、どこか殺伐とした熱気がただよっている。  重苦しい革靴の音がせわしなく動き回る中、僕は落ち着きなく周囲を見回しながら上階に続く階段を目指した。  ここには何回か来たことがあったが、来るたびにこの独特の雰囲気に圧倒される。軍人の、戦うことを職業とした人々の殺気にも似た気配。これから毎日のようにここを訪れることになるにもかかわらず、正直に言うと僕はこの空気があまり得意ではなかった。  階段を上って二階に行く。階段のわきにはエレベーターもあったが、乗る人は当然ほとんどが軍人である。あの気配と一緒に数秒間でも狭い密室に押し込められるということは、僕にとって苦行以外の何物でもない。  どことなく陰鬱な気分になりながら、二階の廊下を突き当りまでまっすぐ進んだ。目的の部屋にたどり着き、重厚な扉をノックする。  どうぞ、と部屋の中から男の声がして、僕は見た目よりは幾分か軽い扉を押し開けた。  室内は案外シンプルだった。  一番奥の壁は一面が大きな窓になっており、外に見える首都の町並みは二つの太陽に照らされて輝いていた。奥に品のいい執務机が一つあり、手前側にデスクが六つ並んでいる。端の一角は応接スペースになっており、お洒落なソファが二つとローテーブルが一つ置かれていた。壁際にはアンティーク調のチェストと大きな本棚があり、本棚の中は資料や本でほとんど埋まっている。  華美な装飾などは見られず、飾りといえばチェストの上の方に控えめに置かれている賞状だけだ。上質な紙には第五回独立魔法師団合同軍事演習最高司令官賞、という文字が躍っている。  普通、堂々と見せびらかすように飾られるであろうそれがチェストの上で肩身を狭くしている様子は、部屋の主の人柄を表しているように感じた。過度な謙遜だと厭う人もいるかもしれないが、その謙虚さは僕の目には好ましく映った。 「本日よりこちらに配属となりました、キリル・クリフォード士官候補生です。よろしくお願い申し上げます」  僕が挨拶をして敬礼すると、部屋にいた五人の男性はああという顔をして集まってきた。一人ずつ自己紹介をして握手をする。  真っ先に立ち上がって挨拶してくださった大柄な男性が、ダニール・アンダーソン少尉。物腰柔らかな美丈夫はセルゲイ・トンプソン中尉。眼鏡の奥の瞳を細めてニコッと笑ったのはヴォロディミール・ハリス少尉(ヴォリアと呼んでほしいとのことだ)。小柄で人好きのする笑みを浮かべたエドアルド・クラーク軍曹。最後に挨拶した強面の男性が、団長補佐のレヴ・ケリー大尉。全員がとても優秀なウィザードだと聞いている。  アンダーソン少尉が一番端の空いたデスクを指さして、ここが君のデスクだと案内してくださった。 「悪いが、中佐は今席を外している。もう戻ってくるころだとは思うが――」 「今戻った」  少尉の言葉を遮るように開いた扉の向こうには、若い女性が立っていた。  さらさらとした銀髪はショートカットに整えられ、青灰色の瞳には力強い意志が宿る。鍛え上げられた男たちに囲まれる彼女はどうしても小さく、その若さも相成って容姿だけなら迷い込んだティーンエイジャーのようだ。しかし、ぴんと伸びた背筋と堂々とした佇まいがその印象を帳消しにする。  部屋の一番奥へ歩いていった彼女が執務机の前でくるりと振り返ると、部屋にいた全員が彼女に向ってビシッと敬礼をした。 「君がキリル・クリフォード士官候補生だな」  驚いて固まっていた僕は、彼女がまっすぐ自分の方を向いて口を開いたので、慌てて敬礼を返す。整った顔立ちの女性が美しいアルトで紡ぐ言葉は男性的で、どこかジェンダーレスな雰囲気を感じさせた。  僕は驚いて、用意していた口上も何もかも忘れてそうです、と気の抜けた返事をしてしまった。 「トリメチル国軍独立魔法師団歩兵部隊101旅団長、ヴァレーリヤ・スミス中佐だ」  中央司令部の生きる伝説、魔法師団の悪魔、鬼司令官。数々の異名を持つその人は、噂に聞いたよりもよほど若く、美しく、そして誇り高い。  国軍最強とも言われる魔法師団の一部隊を預かるにはあまりに細くて華奢な彼女は、しかしその胸をしっかりとはってうすく微笑んだ。 「我が101旅団へようこそ、キリル。気軽にレイラ中佐と呼んでくれ」  窓の外に二つの太陽を背負って、彼女の微笑みは金色に光輝いた。
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