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「ぼっちゃ・・・ねじ、まきを・・・・」
途切れ途切れの声を聴いて、僕は何度も読みこんだ魚の図鑑を読むのを止めた。
振り返ると上半身をお辞儀するように傾けた彼女が、動かなくなっていた。
「もう、仕方ないな」
僕は椅子から飛ぶように降り、その椅子を引きずりながら彼女のもとへ近づいた。
椅子に立って、後ろから彼女を見下ろすと、偉い人になったみたいで僕は胸を張った。
彼女の肩まである金髪をかき分けると、うなじのちょうど真ん中に、これまた金色のねじまきが現れる。
つまみを回そうとするが、あまりに固くてびくともしない。最近こういうことが増えた。
僕は彼女のスカートのポケットに手を突っ込んだ。予想通りの感触があり、僕は冷たくて固いそれを引っ張り出した。
僕の掌にすっぽりと納まるサイズの小瓶。透明な瓶の中には、とろりとした液体が入っている。
そのコルクを抜き、ねじまきの真上から、一たらし、二たらし・・・。
のはずだった。
普段より緩い液体が、瓶の口から一気に溢れてきたのだ。驚いた僕は慌てて瓶の口を手でふさいだが、ねじまきはその液体に包まれ、多すぎたそれは彼女の背中の方へと筋になって落ちていった。
「ああああああ!!!!」
僕はパニックになって、ねじまきを回した。先ほどありったけの力を込めてもびくともしなかったそれは、その10分の1ほどの力でするすると回っていく。しかし何の手ごたえも無く、ねじまきはただ無情に回り続け、しまいにはつまみごと抜けてしまった。
あんぐりと口を開けたまま、僕は震える手でつまみを見つめた。震えは体中に広がり、椅子から転がり落ちた。
自分がしてしまったことの恐怖と、後悔が一気に押し寄せる。僕の体では抱えきれないほどの感情は、熱い熱い涙となって目から零れ落ちた。
『もう、必要ないんですものね、坊ちゃま』
そう言って彼女が優しく微笑んだ。
今まで見た中で、一番幸せそうな笑顔だった。
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