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俺を押し退け、少し斜めに進んだ所でしゃがみ込んだ彼女は、何かをソッと拾い上げた。
身体を向きなおし、彼女の後ろスレスレまで行きそれを覗き込むと、その手の上にはグシャグシャにひん曲がった眼鏡があった。
ん? あ。あの時。ぶつかってきたときに、確かにカシャンという控えめな音を聴いた……。
「うわっ!!」
「キャッ!!」
キャッ? キャッって言った? かわいい。冷たいけど可愛いところも……ま、いいか。
「あ、ごめんごめん。驚かせちゃったね。俺の名前は、木野冬弥。君と同じ会社の人間だ。その眼鏡、俺のせいだわ。弁償させて?」
すると彼女は驚いた顔をしたあとに、キュっと唇を結び下を向いた。
心なしか眼鏡を持つ手が震えているように見える。
「大丈夫?」
「何がですか? この眼鏡は、もともと……ぶつかる前から壊されていたものです。あなたには関係ありません。放っておいて」
そう言うと、彼女はそそくさと立ち上がり、行ってしまった。
「あーあ。行っちゃった。大丈夫かな眼鏡無しで。……まぁ、確かに落としただけじゃああはならんか」
ちっ。これをきっかけに仲良くなろうと思ってたのに。まぁ、また機会はあるだろ……。
一旦諦めて、店内に入ると肉を焼く良い匂いでまた腹の虫が鳴いた。
同じ社内の女なのだろう。途中で3人組の女に話しかけられテーブルに誘われたが、仕事が残ってるからと当たり障りなく笑顔で断り、頼んだ食事を早々にかき込み、会社へと戻った。
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