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文化祭が終わった。
プロレス同好会が出し物を変更したものの案の定トラブルを起こしたり、例のロミオとジュリエットについて保護者からクレームが入ったり、新聞部の隠し撮りゴシップ記事が文化祭特番で大々的に公開され多方面に火種をばらまいたり……などなど事後処理も盛りだくさんだったけれども、どうにか収まって生徒会には静けさが戻りつつあった。
あれ以来、ニシキとニカイドウのあいだには時折ふたりだけの空気が流れるようになった。
最初のうちは加減がわからないのか平気でいちゃつきだしたものだが、一度ニノマエが面と向かって苦言を呈したので最近ではせいぜい僅かな時間を見つめ合ったりする程度まで落ち着いた。
「不純異性交遊の恐れがあると先生方に密告する生徒を出したくなければ節度を弁えて生徒会活動をお願いします」
【密告する生徒】とはつまりニノマエ自身のことを指しているのを誰もが承知していた。不言実行を旨とする彼女だが有言したときの実行率はほぼ百パーセントである。口に出すというのは実質的な最後通牒だ。
ニコがニシキに喧嘩腰の態度を取ったのは結局文化祭前のあのときだけだった。文化祭が終わってからはまるで何事もなかったように静かに淡々と業務をこなしている。
ふたりがいちゃついたり見つめ合ったりしていると聞こえよがしに舌打ちをすることもあるが、彼らがそれに言及しようとするとニノマエが睨んで黙らせるので今のところ直接的な衝突には至っていない。
彼の恋心を反撃の余地なく摘み取るように進言したニノマエだったが、自分が失恋したときには酷く居心地の悪い思いをした経験があり、個人の感情としては彼に同情的だった。
それに彼女はこの居心地最悪空間でもサボらず泣き言も言わず場を乱さず粛々と業務をこなすニコを、ニシキやニカイドウより人間的に高く評価してもいた。
さらに、先輩ふたりはあと何か月もしないうちに卒業していなくなるが、ニコとは来年も生徒会で一緒になる可能性が高い。
今後を考えればニノマエにとってどちらを優先すべきかは明白だった。
彼女はニシキやニカイドウへの好意ではなく、あくまでも自分の環境維持のためにニシキを後押ししたに過ぎないのだ。ふたりの蜜月が目に余れば、それを容認するなど決してありはしない。
誰も彼女に逆らうことはできない。心理的に生徒会を掌握してしまったニノマエに久しぶりの平穏が訪れた。
かのように思われたが、残念ながらそう上手くはいかなかった。
いつの間にか、ニノマエは恋愛相談で頼りになるという噂がまことしやかに囁かれていたのである。
心当たりは何人かいるが、ひとりずつ締め上げていく必要がありそうだった。とり急ぎ目の前の彼から始めよう。
「ニシキ先輩」
「え、はい?」
その一言で角も棘も感じられる鋭い声に思わず背筋が伸びる。
「折り入ってお話があります」
頭痛の種はまだまだ尽きそうにない。
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