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「ちなみに……い、いつなのか、聞いても……?」
「文化祭です。確か演劇部と生徒会の合同でロミオとジュリエットをするんですよね。脚本はニシキ先輩でジュリエット役はニカイドウ先輩が既に確定、ロミオ役は公募するとか」
「そう……その予定、だが……」
細かい脚本などはまだ未定だが、ニシキはその件について既に演劇部と連名で生徒会に提出し自分の以外の生徒会役員にチェックをして貰って企画を通している。その過程でニコも当然その件を知っている。
「僕もロミオ役として応募します。一応中学では演劇部をやっていたので素人というわけでもないですし。そして通れば劇中で彼女に告白します」
「え゛……」
というか選考はニシキが行う予定だったのだ。当然その辺りはニコも理解している。
「なので」
彼が不機嫌じみた無感動な顔を、初めて嫌味ったらしく歪めて笑った。
「ご心配ならどうぞ落としてください」
ニコはそれだけ言うとニシキの反応を待たずに荷物を纏めて生徒会室を出て行く。
「それでは、お先に失礼します」
ぴしゃりとドアが閉まり、生徒会室にはニシキとニノマエだけが残された。
静寂。
しばし呆然と立ち尽くすニシキ。ニノマエは彼を無視して自分の仕事を続けながら、しかしどう対応すべきかの検討にも意識を割いていた。
そもそも彼女が今までニシキに肩入れしてきたのは、生徒会室内が居心地の悪い人間関係になるのを忌避したからだ。
ところが夏休みを挟んで数ヶ月、やっとニカイドウもその気になってきていよいよかと思っていた矢先にこの話である。彼女の醸す空気の変化は当然当事者のニシキのほうがはっきりと感じているに違いない。
静寂のなか、ここは変な意地を張らずニコくんは選考でさくっと落としてさっさとケリをつけるべきだろうとニノマエは結論した。
“恋は戦争、愛も戦争”とニシキに再三吹き込んできた彼女だ。殺ってみろと言われたら迷わず殺るに決まっていた。
見栄や体裁で交際権は手に入らないのだ。正々堂々なんてクソくらえ。夜討ち朝駆けどんとこい。
「先輩、余計なお世話とは思いますけれど」
「ニコちゃんのあれってさあ」
言いかけた言葉を遮るように彼が口を開く。良くも悪くも表情豊かなニシキの無表情に妙な胸騒ぎを覚える。
「なんでしょう」
「ニノマエちゃん的にはさくっと落としてチャンスすら与えないべき、って思うよな」
「ええまあ、そうですね」
さすがにここしばらく付き合いの密度が高かっただけのことはある。こちらの言いたいことをよくわかっている。
「でもあれってさ、俺は喧嘩売られたってことだよなあ」
ニノマエは言葉に詰まった。喧嘩を売られたというか挑発を受けたというか、とにかく宣戦布告なのは間違いないが、それを口にするとよくないほうに流れる予感がするからだ。むしろ確信と言ってもいい。
彼は返事に困って黙るニノマエを一瞥してにぃっと笑った。
朗らかで騒々しいお調子者らしくない攻撃的な笑顔をじっと眺めてから深く溜息を吐いて眉間を揉む。
「聞き分けがない男の子の顔をしてますよ先輩」
「こう見えて実は男の子だからな!」
「……もう。どうなっても知りませんからね」
うじうじと悩んだりしているのであれば叱咤もしよう。けれどもそれがなんであれやる気になっているのであれば敢えて不要な口出しはするまい。そう思うニノマエだったが、結果としてこの判断は彼女にとっては失敗だったと言わざるをえない。
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