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幕が上がり、バルコニーと庭の木陰を思わせるセットが現れた。庭に集まりバルコニーを見上げるロミオたち。しかしジュリエットの姿はない。
「どうなってるんだ?」
「わからん……なにもわからん……」
戸惑うロミオたち、ざわめく観客。そこに大仰な声が飛んだ。
「よく生きて帰ってきたな愚かなロミオどもよ!」
声とともにバルコニーに姿を現したのは美しいドレスに身を包んだジュリエット、の格好をした女装のロレンス、つまりニシキだった。
一瞬の間があり、観客たちが一斉に噴き出す。
「ふぅーはははははっ! ロレンスとは仮の姿、我こそが真のロミオよ! キャピュレット夫人を焚き付けジュリエットに這い寄る虫どもを一掃する計画だったが、まさか生きて帰ってくるとはなぁ!」
両手を広げて哄笑するニシキは完全に役に入り込んでいて欠片の恥じらいもみられない。しかし酷いロミオもいたものである。怪人というより変人だった。
「かくなる上は私が自ら貴様らを葬ってくれようぞ! 出でよ、影武者軍団!」
おそらく柔道部員辺りと思われる、ジュリエットと同じドレスに身を包んだ逞しい男たちが次々と舞台上に現れてロミオたちを追い回し始めた。
大混乱の舞台上、バルコニーから飛び降りたニシキがニコと対峙する。
「くっくっく、偽ロミオはそろそろ退場の時間だぜぇ?」
悪い笑みを浮かべて掴みかかるニシキ。ニコは反抗するようにその手を掴み、がっつり手四つの姿勢になった。
「こんなやり方……恥ずかしくないんですか!」
「ニコちゃんこそ恥ずかしくないのか」
笑みを消して見下ろすニシキ。
「ニカイドウが好きなら俺なんか関係ない。付き合ってないって看破してたんなら尚更さ。勝手に告ればいいだけだろ」
図星を突かれて言葉に詰まる。
ニシキは頭にきていた。ニノマエに煽られたりサポートを受けたりと世話になったとはいえ、夏前から頑張ってきてようやく今の関係を築き上げたのだ。
一方、少なくともニシキの目の届くところではニコはニカイドウになんのアプローチもしていない。
「俺を馬鹿にすんのは構わんけどさあ。文化祭の劇も利用して、それで勢いつけて告ろうって算段だったんだろうけど誰がさせるかよ。お前がわざわざ俺の手のひらの上に乗っかってきたんだ」
そもそも体格が違う。言葉とともにじりじりとニコが押し込まれていく。
「俺の台本に偽ロミオがジュリエットと逢引きするルートはねえんだよ、残念だったなあ!」
圧に耐えきれずニコの膝が崩れる。ニシキはその隙を突いて彼を肩に担ぐと高笑いとともに舞台袖へと駆けていった。
誰も居なくなった舞台上を、キャリーケースを引いたジュリエットとメイド長が横切っていく。
『事態の混迷を察したジュリエットは信頼出来る従者と共に家財を持ち出して早々に屋敷を抜け出し、別の街で事業を興して優雅に暮らしたそうです』
舞台最後の幕が降りる。
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