8人が本棚に入れています
本棚に追加
「はー、いや笑った笑った」
日の傾いた茜色の屋上で、ニシキと並んでフェンスにもたれたニカイドウが笑う。
「通して練習しなかったのは参加者へのサプライズでもあったんだね。それにしたってまさかキミの女装を見ることになるとは思わなかったけど」
「似合ってたろ?」
「ん、まあ、そう、だね。出番のとき笑わないように必死だったよ。ふふ、あははは」
ニシキの姿を思い出してまた笑う。
「しかしジュリエットとしては、あの数のロミオ相手に一体なにをさせられるのかと本当に心配したんだけどね」
公募で集めたロミオの団体をどうするのか、ニカイドウは説明を受けていなかったのだ。劇の全貌を承知していたのは本当にニシキと演劇部長、一部の演出担当者だけだった。
「ま、その辺はなんとでも。途中で偽ロミオが全員失格になったら別の台本もあったしな」
「へえ、どうなるんだい?」
軽く言ったニカイドウにニシキが覆いかぶさった。ギリギリ触れない程度の、体温が伝わりそうなほどの距離で彼が囁く。
「策謀を巡らしてキャピュレット家を煙に巻いた真のロミオがモンタギュー家も捨ててジュリエットを連れ去るのさ」
普段のようなおちゃらけのない、深みのある声に迫られて息を飲む。
「それは……とても逃げられそうにないね」
自嘲気味の笑みを浮かべて、溜息のようにニカイドウが囁き返した。なんだかんだと理由を付けて引き延ばしてきたけれども、いよいよ年貢の納めどきらしい。
「ああ、覚悟を決めてくれ俺のジュリエット。放っておくとお前には悪い虫が付き過ぎる」
「心配かい?」
「いいや、面白くないだけさ。でも」
お互いの汗すら感じるほどの間近で見つめ合う。
「できれば面白可笑しく生きたいから、頼むよ。他の男に『俺の女だぞ』って言わせてくれ」
「今のご時世そういう言い方すると煩く言われそうだけれども」
ニカイドウは浮かべた苦笑を優しく和らげる。
「仕方ないな。……ニシキくん、君だけの特別だよ」
「ああ、わかってる」
昼と夜の狭間にふたりきり。太陽が消えて行く刹那の刻にふたりは今日初めて触れあった。
最初のコメントを投稿しよう!