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礼儀にはとにかく厳しかった。 思春期とかシャイとか関係なく人と人は挨拶をし合うもんだし、お袋も外面だけは良かったから、それが当たり前だと、いつしか俺も兄貴も思っていた。 お袋は、兄貴を「人から愛される人間」に育てたかったのだ。 「挨拶も礼も謝罪も言えない人間が、誰かから本気で愛される訳がない」 お袋が兄貴に常々言っていた言葉だ。 お袋は、兄貴の頭は悪くなることはあっても良くは決してならないこと、一生、誰かの手を借りないと生きていけないことを分かっていた。 しかし、それには兄貴が愛されなければならない。身内ならまだしも、赤の他人が兄貴に厚意だけで手を貸してくれるとは思えない。 人として当たり前の事を当たり前に出来る人間は必然的に愛される、とお袋は言っていたが、それは正しかったのだと思う。 現に、兄貴の周りには誰かしらサポートしてくれる人の存在がある。 安藤邸の奥さんはその筆頭だ。 奥さんは、元々お袋と仲が良く、兄貴が生まれた頃から兄貴の事を知っていた。 兄貴が文化祭の衣装係を丸投げされたときには一昼夜かけて衣装を縫ってくれたし、兄貴が家から追い出されて泣いていたときは、うちで食べたこともないような手料理を自分の子供同然に振る舞ってくれた。 ただ、優しくしてくれるだけが愛ではない。 誉めることはできても本気で叱ることは愛していなければ出来ない筈だ。 そういう意味では、お袋も、奥さんも、形は違うが兄貴を愛しているのだろう。 意外なことに奥さんは、自閉症云々の知識は皆無に近いらしい。 ただ単に、兄貴の人柄が好きで、それが高じて雇ってくれるまでになったらしい。
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