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葬式の場で、兄貴はずっと泣いていた。お袋の両親は既に他界し、身近に兄弟も居なかったから、全然使えない兄貴の代わりに喪主は俺がつとめることになった。 一通り葬儀が終わり、お袋が骨になると、どっと疲れが押し寄せてきた。兄貴は骨壺を開けたり閉めたりしながら一昼夜泣き続けていた。 「お前よ、骨見てんじゃねーよ。しまえよ」 「けんちゃん、ママ、もういないの?」 「いねーよ。だから葬式やったんだろ」 俺がそう言うと、兄貴はまた泣き出した。 実のところ、俺にだって お袋が死んだ実感はない。会場で親戚の色んな人にから、これから兄貴とどう暮らすか聞かれたが、先の事を考える余裕はまるでなかったのだった。 葬式は、思った以上に参列者が多く、その多くがお袋の教え子・元教え子だった。 皆、口を揃えて「優しい先生だった」と泣いていた。 あのお袋が?優しい? そこに、俺の知らないお袋がいたことを知った。 安藤さんの奥さんも来てくれた。実は、安藤さんの奥さんと面と向かって話すのは数年ぶりだったりした。 「こんばんは。あの、賢?よね?」 「あ、そうです。安藤さんですよね?」 「ああ、やっぱり。小さい頃の面影があるわ。 最後に会ったのは、中学の時だったわね。 すぐ分かったわ」 「はい」 「良かったわ。ね、賢、この度は…」 「あ、あの…今日は、来てくれてありがとうございます」 「賢、賢に言うのもおかしいし、賢のが何十倍も辛いと思うんだけど、わたし…とっても辛いわ。実はね、亡くなる一週間前に、会ったのよ。お母さんと」 「えっ、そうだったんすか」 「ええ。偶然、スーパーでね。シチューのお肉は牛か豚か、って話したから覚えてる。ちょっとした議論になったの。その時は元気そうでね…全然、気付かなかった。ごめんね」 奥さんは後半、涙声で言った。堪えきれずに溢れた涙を手の甲で拭い、俺に背を向けてむせび泣いた。 「ごめんね、賢。私、本当にお母さんの事、好きだったのよ。本当に本当に、優しくて聡明な人だったから」 「……ありがとうございます」 そこに、便所で泣いていた兄貴が戻ってきた。いい加減泣き続けていたのだが、まだ泣いている。 「あっ、ネロ?ネロじゃない!」 「あっ、……ママさん?」 「ネロ、久し振り。ネロとは高校以来ね。益々大きくなったわね。でも忍さんから写真を見せてもらってたから、すぐ分かった」 「はい、えっと、ママさん。お、おひさしぶり…です」 「ネロ、大きくなったわね。一年くらい前に写真で見せてもらったんだけど、こんなに大きくなったなんて」 「そうかなあ。……ママさん、ママのおそうしきにきてくれたの?」 「うん。だって、お友達だったから。彼女とは、親友よ」 「ママが、ママさんのこと、よくおはなししてました。ママさんのおうちのお花がとってもきれいで、見にいくのがいつも楽しみだって、おはなししてました」 兄貴のその言葉に、奥さんは泣き崩れた。
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