二 カジマ (一)

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二 カジマ (一)

「何を考えておる」  娘は、無造作に束ねた髪を揺らして、男の顔を覗き込んだ。 「田のことよ。こう雨が続いては稲が流されてしまう。それに海にも野にも出れんでは、食うものが無くなってしまう。」  男は滴をまとった合歓の木の淡い紅色の花弁がかすかな風に震えるのを見つめながら言った。もう三日も降り続いている。束の間、雨音が止んだと思っても、また空模様が怪しくなる。 「明日には止む。」  娘は空を見上げて言った。昨日より空が明るい。雲も薄くなっている。 「じゃが、お(でぃ)が考えておるんは、その事じゃなかろう。」  娘は、ふぅ...と大きな息をついて、言った。 「また、戦か」  男は、頷きも首を振りもしなかった。娘にはとうに分かっていた。男がこうして考え事に浸っているときは必ず都からミカドの使者が来た後だ。 「今度は、どこだ」 娘は訊いた。 「.........」  男は無言だった。  「ヒルメ殿は欲深いのぅ...」  娘は半ば呆れたように言った。  「そんなにも宝やら土地を我が物にして、どうしたいのかのぅ...」  かつて己が実父の嫡妻(むかいめ)であった巫女王は、世嗣ぎである息子達がある程度の年齢になると、入り婿であった夫を理由をつけて体よく追い払い、以前と同様、一族の束ねである側近とともに国を治めていた。  娘の実父は、おおよそ懲りない、おおらかで人好きのする性格なのと、半端なく強かったこともあり、行く先々のクニで好意的に迎えられた。そのクニの長の娘を娶り、クニを豊かにした。そして、次々と新たなクニに出向き、一族を増やし、平和裡にその影響を拡大していた。娘の母は、ムナカタの姫だったと聞いた。が、早くに亡くなったため、実父は自分の母のいる熊野に預け、長男が養っていた...らしい。  実父は影響力はあったが、一つ処に居て力で周囲を支配すると言うより、方々に出向いて人の輪を拡げてまとめようとしていたように思う。 ―ヒルメ殿とスサ殿は違う。―  それは当たり前のことだが、スサの王の拓いた土地をことごとく力で制圧し、我が物にせんとする、その執念には異様なものがあった。 ―好いておるのか、嫌っておるのか...。― ―まぁ、両方じゃろうな...。―  娘には、ヒルメの執念が、スサに対する執着の写しのようにも見える。歪んではいるが...。  「大陸から来たものは、みんな、そうなんじゃろうか...。」  娘の言葉に、男は思わず苦笑した。  男の一族もかつては大陸からやってきた。大陸にも多くの部族があり、男の父はヒルメの父の一族に従って渡ってきた部族の一つであった。腹心とも言える立場だったが、ヒルメの父が土着の女王との婚姻に失敗しため、謀叛の疑いでその腹心を斬った。  そして、その行為に対する罪を負って、男の父の一族は都を離れた。  スサの王は、土着の女王と腹心の間の息子である。  「我れも欲深いか、ナダ。」  男は、娘の方を向き直り、じっとその目を見た。奥底から、爛、と光るその眼が、娘は好きだ。郷のものは皆怖いと言うが、その奥深いところにある静けさ、落ち着きが娘には心強く、一文字に結んだ口元も、はっきりした鼻筋も気に入っていた。 「お(でぃ)は違う。」  娘は言った。 「剣も矛も盾も、皆の身を守るために蓄えてる。米も木の実も、皆のために、無駄に費やさせんのじゃ」 「分かっておれば良い。」  男は、大きな分厚い手で、ぽんぽん、と娘の頭を軽く叩いた。 「子ども扱いしおって...」  娘は、ちょっと不機嫌そうな顔をしたが、だが、そういう男の『優しさ』が好きだった。 「...また戦に行くなら、子を置いていって貰わねばの」  言って、娘は男の肩にもたれかかった。その手が、くしゃくしゃ...と娘の頭を撫でた。
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