第1章 蕎麦屋の娘、巫女になる!②

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「こりゃうんめぇだー! うめぇ汁がいっぱいに染みたふわふわが、蕎麦と一緒んなって一層うめぇ!」 「貧困な語彙力だな……」 「本当? 良かった……。それが天かすよ。でも、蕎麦とつゆだけ比べると前に食べた蕎麦の方が美味しいんじゃない?」 「んー、まあ言われてみりゃ確かに……。でも、こいつはこいつでうめぇだよ!」 「なんでも美味いって言ってたら、つきみの修行にならんだろう。厳しく採点してやれ」  稲七はツッコミを入れながら、きつね蕎麦のお揚げに齧り付いた。さぞかし辛口の評価が飛んでくるだろうと身構えたけれど、意外なことに彼は少し目を見開いてから、黙って蕎麦をすすり続けた。 「どうかな?」 「……まあまあだな」  これは結構美味しかったのかもしれない。私はなんだか自信が出てきた。  なにせ、おばあちゃん秘伝のお揚げは、食感がふっくらとしていて、噛めば甘みのある出汁がじゅわっと口いっぱいに広がる特別仕様なのだ。常連さんにもかなり人気があった。  だが彼の場合、しつこく感想を聞いても文句しか出てこない気がするので、私は別の質問をした。 「そういえば、さっきは二人で何を話していたの?」 「ああ、コイツの里の近くで、凶暴な妖怪の噂を聞かないか確認していた。不穏な気配を、ここから西に向かった山道で感じてな。天助の出身を聞いたらその辺りだと言うから……」  稲七が答えると、掻き込むようにして蕎麦を食べ終えた天助が、慌てて顔を上げた。 「そうなんだ! オラちょうど、助っ人を探してただよ!」 「助っ人?」 「オラ達、狸の里のもんは、人間にも他の妖怪にも関わらんように、山ん奥でひっそり暮らしてるだ。たまに食料調達のために、山を降りたりもするだが……だけんど最近、山道の方にでっかくて不気味な妖怪が出るようになっちまってな……」  天助はさも恐ろしそうに身を震わせ、説明を続ける。 「どうやら、道行く人間らを襲っとるようだ。オラ達も出来るだけ近づかねえようにしとるが、おっかねぇし追っ払ってくれる奴を探しとったんよ」 「……それで、一人山を降りて迷子になった挙句、つきみの家の前で腹を空かせて倒れたと」  稲七が溜息混じりに付け加える。 「……そうだったの」  あの日の天助にそんな事情があったなんて、想像もつかなかった。  そして、私はあることに気が付き、恐る恐る稲七に尋ねる。 「あの……その化け物退治ってもしかして……?」 「もちろん、つきみにも参加してもらうぞ」  稲七は落ち着き払った様子で茶をすする。 「神界への申請は通った。つきみは正式な巫女として、俺のサポートについて貰う。初仕事だな。じゃあ、ご馳走様」  そう言って彼は、懐からがま口を出すと蕎麦代をテーブルに置いた。  妖怪が人間界のお金を所持しているのは不思議だったが、人間界で潜入調査もしているというし、何かツテがあるのだろう。まさか葉っぱのお金ということもあるまいし。 「お金はいいのに……」 「受け取っておけ。蕎麦屋なんだろ?」 「うん……ま、まいどありがとうございます」 「二人とも、よろしくおねげぇしますだ!」  天助はテーブルの上に両手を突き、深々と頭を下げた。 「頑張ってみるね……!」 「次会う時は、蕎麦代と謝礼くらい用意しておけよ?」  そんな訳で、私の初めてのお客様はこの不思議な狐と狸になったのだった。
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