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第2章 妖怪蕎麦屋と怨みの狗①
「ほ、本当に大丈夫なの?」
私は木陰からそっと顔を覗かせて、件の山道を見下ろした。
「ああ。これくらい距離を取っていれば気付かれることは無い」
稲七も私の隣から顔を覗かせて答える。目立たないようにするためか、今日は黒いジャンパーを羽織っていた。
相変わらず冷たく綺麗な横顔は、落ち着きを失わない。
「でっかくて不気味な妖怪って、一体どんな奴なのかしら……」
依頼を受けた次の週末、土曜の夕刻に私と稲七は怪物が現れるという山道の偵察に来ていた。天助は、現場に狸達が近付かないように、里の仲間をまとめているので不在である。
ファミレスのランチバイト後に出発し、バスを降りてから三十分は歩いたので、既に体はクタクタだ。
「妖怪は四つ足の獣型であると聞いている。前回より本体の体格が大きそうだから、まともに飛びか掛かられると致命傷かもな」
「またそうやって脅す……」
「今日は最低でも、相手の様子を目視出来れば良い。俺達だけで難しそうな相手なら、一旦退散するつもりだ」
相手は恐ろしそうだが、意外と無理のない作戦で安心した。私達は現場を見下ろせる高台に座って、道を観察しながら日が沈むのを待っていた。
山道は大きな道路ではないけれど、国道への抜け道になっているらしく、交通量はそこそこある。たまに大きなトラック等も走り抜けて行った。
「今のところ、普通の道だけどなあ……」
しばらく座っていたが、何も変化のない景色に気が抜けてしまいそうだった。
「飽きるのが早すぎるだろう。妖気が増すのは、逢魔が時から夜の間だ。こういう場所は、暗くなると一気に雰囲気が変わるぞ」
確かに稲七の言う通り、日が落ちてすっかり暗くなると、辺りは急に不気味な気配に包まれていた。
「明かりも少ないし、ここからじゃ路面しか見えないわね……。道から外れたところは真っ暗だわ」
「そうだな……まあ俺は妖気で相手の動きを感じられるし、夜目も効く。何か異変があれば、俺だけ少し近づいてみるが……」
相変わらず私の目では何も確認出来ないが、稲七の様子からしてもまだまだかかりそうだった。
「じゃあ、妖怪さんが動き出す前に……」
私は持ってきたリュックサックを開けて、お弁当の包みを取り出す。
「なんだそれは?」
「夜遅くなりそうだったし、この辺コンビニも無さそうだったから夕飯作ってきたの。稲七の分もあるよ!」
そう言いながら包みを解き、パックに並べて詰めたお稲荷さんを見せた。
「呑気な奴だな……」
「いらないなら私が全部食べるわよ?」
「いらないとは言っていない」
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